名著である。すでに広く読まれ、世に多く流通していることをいいことに古本で済ませてしまったが、失敗だった。『きけ わだつみのこえ』などと同じような規模で、これからも読み継がれていくべき一冊である。 もっとも、「まえがき」でひめゆり学徒隊の消費…
勝手に触れてはいけない歴史というものがある。語られるのを、じっと待たなければならない歴史というものがある。もしも語られたのなら、私たちはそれを黙って聞き、そのまま受け止めることしかできないだろう。 沖縄戦に関する語りもきっとそうだ。15歳そこ…
ほとんど奇跡のように存在し、なかば事故のように分厚いこの書物を先ほど読み終えた。読み終えた、という言い方が正しいかどうかさえ、正直よく分からない。ある意味では「聞き終えた」とも言えるし、「語り終えた」とさえ言えるかもしれない。 それどころか…
4人の識者がそれぞれの「フェミニズム本」を持ち寄り、フェミニズムが今日まで何と闘ってきたのかを語り合うNHKの特別番組「100分deフェミニズム」を見て、では自分の持ち場はどこだろうかと考えたところ、ひとまずそれは「家族」だろう、ということになっ…
岸政彦の小説には鉤括弧がない。もしくは、ないことの方が多い。地の文と会話との境界は限りなく曖昧だ。会話の途中の改行も、人物の入れ替わりを必ずしも意味しない。句読点すら、あったりなかったりする。 だが、著者にとっては何の疑問もなく、ごく自然な…
こんなにわかりやすくていいのだろうかと、申し訳なくなる本である。 特に、本書のキーワードである「脱構築」を、フーコーの権力論に照らして解説する第3章には、「規律訓練」や「生政治」といった概念を昨今のコロナ禍に喩えて説明するくだりがあるのだが…
案外、取り扱いに悩む作品である。 ゲットーの片隅で暴力に怯えながら暮らす少女が、自らの人生を選択し直す過程を描いた『プレシャス』が、徹底的に個人的な(むろん、だからこそ社会的な)映画だったのに対し、本作はまず歴史という大きな枠組みが先にあっ…
まずは書き出しの一文だ。黒人に対する差別意識の表象とも言える、身体性ばかりが強調された動物の比喩や人種的なステレオタイプ*1に満ちた表現――「ココアを混ぜたような肌」「悪魔じみた目」「黒豹みたいな手足」――が著者の側から連打される。 これがパロデ…
スパイク・リーが『ゲット・オン・ザ・バス』というタイトルの映画を撮っているのなら、それは間違いなく1960年代の「自由のための乗車運動」が題材に決まっていると思い込んでいたのだが、違った。 本作でバスに乗った男たちが目指しているのは、1995年のワ…
見え透いた悪意の塊のようだったポン・ジュノ監督の映画『パラサイト 半地下の家族』の中でもひと際冷笑的で、露悪的だったシーンと言えば、妻を愛しているかと訊かれたIT社長の男が、半地下暮らしの男が運転する高級車の後部座席で浮かべた醜い微笑だろう…
アメリカで黒人として生まれることについての、映画である。勝手に副題をつけていいなら「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」にするだろう。ブルースが歌ったものとはだいぶ異なるが、ここにもアメリカの飢えきった心があり、アメリカに生まれることの耐え難い苦難…
誰かが映画化したらいいのに、とまず思った。というか、誰もやらないなら俺がやるで、と慣れない大阪弁で思った。まあ、すでに想像の中ではほぼ撮り終えているのだが。謎のウイルスで人類が滅び、世界が終わったあとの世界を、大量の缶詰を抱えながら歩く少…
誰もが「死体探し」の青春モノとして記憶に留めるロブ・ライナー監督の『スタンド・バイ・ミー』を分かりやすく、どこかシニカルに引用しながら、「Boyz」たちの青春が幕を開ける。人が死ぬことがまったく珍しくない地域で、少年たちは遭遇した死体をどう見…
読み終えたあとにじんわりと滲み出る、この気持ちを安易に感動と呼んではいけないような気がする。もっと本当の、もっと温かい、別の呼び方をしてあげたいなと思う。でもそれが何なのかが分からない。意図的に「文学者としての岸政彦」は遠ざけてきたはずな…
警官に喉を押さえつけられ、意味もなく死亡した黒人男性たち。彼らは最後、「息ができない」と苦しみながら息絶えたという。SNSでBLM運動が盛り上がろうと、下火になろうと、評価・検証すべき「歴史」になろうと、そうした犠牲者は耐えることがない。 …
時代の後知恵とはいえ、本書に関しては、ジェンダー、もしくはレイシズムの観点からいくら値引きすべきかという問題がまずあるだろう。 例えば、エディ・マーフィの個性を評するのに「白人には見られない底抜けの明るさ」などという表現では個人の資質をあま…
相当、アイロニカルな本だ。白人のインテリ二人組による、ヒップホップ・シーンに関するルポというかエッセイなのだが、新しい文化の只中にいる興奮よりも、白人であることの後ろめたさが勝っている。 本書の原著が出た1990年当時、いまだ現在進行形の「現象…
別のタイトルを付けるなら「アメリカ音楽神話解体」だろう。副題のとおり、基本的にはミンストレル・ショウやブルースといった100年以上も前の音楽から、1970年代生まれのヒップホップまでのアメリカ音楽史を一望する内容なのだが、裏テーマとしてあるのは、…
私たちがブラック・ミュージックと呼ぶ音楽の「黒さ」を、音楽家の肌の色以外のものに還元しようとする時、そこには何が残るのだろうか。 本書が見出すのは、アメリカ黒人固有の経験からもたらされる「ブルース」という感覚である。「黒人の魂の深み」という…
元々がヒップホップへの関心からスタートしているこの「ロング・ホット・サマー」特集だが、ようやく音楽がメインの本にたどり着くことができた。 大人が読む入門書としてもおなじみ「岩波ジュニア新書」からの一冊で、ヒップホップが扱われるわけではないも…
この短いタイトルを見て、本書が「アメリカ黒人に関する文芸評論」だと想像できる人がどれだけいるだろう。むしろ表紙の紹介文を読んで、『アメリカ黒人の歴史』のような通史ものを期待する人もいるのではないか。今や重版されていないようだが、タイトルの…
フレデリック・ダグラス。元逃亡奴隷にして、奴隷制廃止主義を貫いた活動家の扱いは、アメリカの黒人解放史を通史的に追うような本の中でも決して大きくはない。 事実、パップ・ンディアイの『創元社本』では、「南部の白人や、無関心を決めこむ北部の白人に…
自由と平和への長い道のり――副題にはそうある。だが、果たして自由や平和が、アメリカ黒人の手に収められたことがあったのだろうか。それが指の隙間からこぼれ落ちることも、どこかへ思わせぶりに飛び立って行ってしまうこともなく? 監修者による序文には、…
その昔、「曲がりなりにもヒップホップを聞こうとしているならこれくらい読んでおいた方がいいよ」と指定されたのが、本田創造『アメリカ黒人の歴史』(以下、『本田本』)だった。 今となればその理由がよく分かる。ヒップホップとは、ニューヨークの荒廃し…
少なくとも、NHKの「沖縄本土復帰50年プロジェクト」としての『ちむどんどん』はおおよそ終わったように思う。 沖縄戦についての語りが終わり、料理人としても東京で認められ、予定されていたカップルの結婚が成り立ってしまった今、このドラマがこれまで…
これもまた越境者たちの物語だ。戦後の沖縄で、「沖縄」と「アメリカ」を隔てる境界線を跨ぎ、迷いながらも往復した者たちの物語だ。 タイトルの「米留」とは、文字通り米国への留学を指す。この制度が米軍政府によって設立された1949年前後といえば、米軍に…
「This is my revenge」と、2020年のミニ・アルバム『Partition』からの再録でもある「Revenge」で、Awichは何度も繰り返している。躊躇いを感じる、というほどではないが、冒頭の3曲で強調されたアルバム全体の挑発的なトーンと比べると随分と控えめな発声…
有刺鉄線のフェンス。その向こう側に広がる、沖縄の中のアメリカ。ならば、こちら側はアメリカの辺境としての沖縄だろうか。しばしば両者を媒介する、地元女性と米兵との恋愛――それは、ある種の沖縄現代史が半ば意図的に見落としてきたものかもしれない。フ…
「占領」という言葉に含まれた暴力性について考える。その言葉が意味するところの実際の光景や、その場を支配していたはずの絶望や緊張を想像しようとする。「占領」があるからには、その前に戦争があり、「敗戦」という形での終結がある。戦争の一部であり…
「沖縄」という一点のみでつながった、47人分のポートレート。いい意味でラフというか、この47人に何かを代表させたり、沖縄の何かを要約させたり、そういった作為を感じないのがいい。読者はほんの束の間、47人の人生の内側に触れ、また離れていく。その繰…