1000字書評ブログ “Trash and No Star”

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松田道雄『定本 育児の百科(上)』書評|育児をサボる権利

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 育児をサボる権利。上野千鶴子らが編んだ『戦後思想の名著50』にも収録された本書に「思想」があるとすれば、私はそのように呼びたい。育児の現場において、本書を貫く「楽観」に助けられたのは一度や二度ではない。我が家ではどうにか、この上巻の「2周目」が終わりそうである。 

 一応、言い添えておくと、ここで言う「サボる」とは、育児の放棄を意味しない。うまく手を抜く、というのもちょっと違う。育児には時間と努力が必要だし、本書はむしろそれを強く求めている。とにかく、頑張りどころを間違えないこと。本書のメッセージはこれに尽きる。

 

 とは言え、現実の育児現場にはさまざまな抑圧が存在しているのも事実だ。医者が、栄養士が、保育士が、実母が、義母が、先輩ママが、近所のお節介おばさんが、それぞれの立場で助言をくれるだろう。インターネットの底なし沼もある。

 しかしそこには、子どもの立場から全体を見たときにどうなのか、という視点がない。例えば、子どもを放置して凝った離乳食を作るよりは、外気浴だと。4か月くらいの子であれば3時間くらい、外で過ごす時間が欲しいという。何をサボり、何を頑張るか。選べるのは親だけだ。

 

 ほかにも実際的なことを何点か書いておきたい。本書は育児書でありながら、妊娠前の過ごし方についてもかなりのページを割いている。母親の心構えを失敗例から学ぶ「よくやる失敗」や、核家族の時代に育児は女だけの仕事ではないと諭す「父親の役割」など、魅力は多い。

 が、一つを選ぶなら、やはり一発目の「母親になれるか」だろう。意味もなく子どもを怒鳴ってしまった日などに、ひとり読み返す箇所だ。

 

自分は人間ができていないから、赤ちゃんを育てる資格がないと思うのにも賛成できない。人間は完成するものでないし、完成に近づいたにしても、そのころには子どもを育てられない。だが親になることは、人間を完成に近づける機会であることに間違いない。

 

 さらにこの章で、著者は不妊の問題にも触れている。具体的な助言がいくつか書いてある。しかし最後に、どちらに原因があるのかをあえて調べない選択肢も存在すると書いて締めている。「どちらと分からなければ、共通の運命として、子どもにこだわらずに生きる道をいっしょに求めていける」と。本書のテーマは実は、「育児」ではないのかもしれない。

 目移りしていたら、紙幅が尽きた。続き(中巻)はまた、何ヶ月か後に。

 

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著者:松田道雄
出版社:岩波書店岩波文庫
初版刊行日:2007年12月14日