Trash and No Star

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『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』書評|海を受け取ってしまったあとに(14)

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 ツイッターにアップされた米軍機の動画を見るたびに、機体の近さや轟音ぶりに驚かされる。中には、保育園や学校の敷地から撮られた動画もある。これが沖縄の現実かと、むき出しの現実に狼狽えると同時に、動画の中の子どもたちが、必ずしも特別な驚きを表現していないことにも鈍い衝撃を受ける。それくらい、こういった低空飛行は日常化しているのだろう。

 

 日米地位協定や特例法によって担保された、米軍機による法外な低空飛行。毎日新聞の『特権を問う』においても、中心的なテーマの一つとなっている。が、もちろん、問題は航空機の飛行方法だけではない。基地には排他的な管理権が認められ、返還時の原状回復義務は免除。裁判権は優越し、出入国手続きから租税、契約発注まで、様々な便宜が施されている。なぜ?

 外務省によれば、「日本と極東の平和と安全に寄与するため、米軍が我が国に安定的に駐留するとともに円滑に活動できるようにするため」とのことだが、追及をかわすように書かれた協定Q&Aをいくら読もうとも、駐留の現場において犠牲を強いられている人々の姿は全く見えてこない。主権者はどこに行ったのだろうか。

 そんな違和感を手掛かりに、読者をその源流へと案内していくのが本書だ。標的はタイトルのとおり、日米地位協定なのだが、必ずしもその上位法規である日米安保条約だけが問題の源流ではない、としているのが大きな特徴だろう。研究者らの努力によって掴んだ種々の密約、あるいは編者がかつてスクープした外務省の機密文書などにこそ、カラクリが潜んでいる。

 

 途中、条文そのものの引用が続き、息切れしてしまいそうなものだが、空回りすることなく戦後の「日米関係」という大きな題材を語れているのは、著者らの挑発的にして軽快な語り口に加えて、日米安保といった大きな概念が、例えば「米軍のNHK受信料支払い義務はどうなっているのか」といったレベルにまで租借され、現実的な課題として検証されているからだろう。

 それ以前に、政府高官やトップ官僚たちの振り回す論理の飛躍・迷走・破綻ぶりはブラックジョーク以外の何物でもなく、飽きない。基地問題に詳しい人にとってはすでに常識的な知識かもしれないし、完全な入門者には逆に議論が細かすぎるかもしれない。が、実務や運用上のディテールを知っておくことは、大きな議論のピントを外さないためにもきっと重要だ。巻末の全文解説もありがたい。

 

(参考)

航空法 第六章 航空機の運航

 第81条 航空機は、離陸又は着陸を行う場合を除いて、地上又は水上の人又は物件の安全及び航空機の安全を考慮して国土交通省令で定める高度以下の高度で飛行してはならない。但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。

日米地位協定及び国連軍協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律

 第3項 前項の航空機(※米軍機、又は国連軍機)及びその航空機に乗り組んでその運航に従事する者については、航空法第六章の規定は、政令で定めるものを除き、適用しない。

 

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編者:前泊博盛 
執筆者:前泊博盛、明田川融、石山永一郎、矢部宏治
出版社:創元社
初版刊行日:2013年3月1日