元々がヒップホップへの関心からスタートしているこの「ロング・ホット・サマー」特集だが、ようやく音楽がメインの本にたどり着くことができた。
大人が読む入門書としてもおなじみ「岩波ジュニア新書」からの一冊で、ヒップホップが扱われるわけではないものの、広い意味での「歌」としての民話や物語を含み、労働歌や宗教歌、ブルーズなどの古典を、当時のアメリカ黒人の経験や心情に照らしながら解説していく丁寧な内容だ。
黒人音楽のもっとも熱い部分を脈打つのはやはり、奴隷としての過去だろう。マイケル・ジャクソンの有名曲にも見い出せる、「ぬれぎぬ」や「罠」の感覚は、白人によるリンチや一方的な処刑の恐怖に通じているし、真逆の言葉に含ませた「意味の二重性」は、白人たちに真意を悟られぬよう工夫しながら思いを共有してきた結果として理解できる。
特に後者、「意味の二重性」は、長く人種差別を経験してきた人々の知恵でもあろうし、白人が信じる倫理や規範への抵抗でもあったのではないか。その極たるものがキリスト教だろう。未完の小説に「*1神を信じろだって! これまでずっと信じていたさ。それが何の役に立つのか」と書きつけたのは、ダグラスの元相棒として知られたマーティン・R・ディレイニーだった。
しかし、だからといって強制された宗教が黒人たちにとって完全に役立たずなものだったかと言えば、おそらくそうではない。アメリカ黒人たちの生み出した音楽を聴いていると、そこには人間の力を超えた「大きなもの」を信じ、祈り、暗闇の中で一対一で対話をしているような感覚が間違いなく存在している。
一方ではキリスト教とともに生きながら、また一方ではそれを否定し、悪魔と手を組みながら生きざるを得ない黒人たちの歌。だからこそ、そこにはひねりの利いた規範意識がある。自分たちが悪魔と同じく天国を追い出され、神に見放された存在であるならば、そういった立場を強いる白人たちの作った「法律」なんてものが正義であるわけがなく、勤勉さも正直さもクソ食らえ、という感覚だ。
それはとてもヒップであり、こう言ってよければこれこそがまさに「アメリカ的」であると私は思う。「魂をゆさぶる」という言葉の意味はおそらくここにある。もっと同時代のポピュラー音楽なども積極的に取り上げられたのでは、と思わなくもないが、あくまで自分は入り口に立つ案内人なのだという態度が清々しい一冊だ。
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著者:ウェルズ恵子
出版社:岩波書店[岩波ジュニア新書]
初版刊行日:2014年2月20日
【参考】本書で紹介されているいくつかの楽曲です。是非!