
書く以前に書く。
文章を書いているという意識が生まれてしまう前に、ただ書く。
そのような状態に、自分をどう持っていくか。そして、その状態をいかに維持していくか。本書はそのヒントをいくつも共有してくれる。哲学であると同時に、極めて実践的なノウハウ本でもある。
間もなくこのブログを始めて5年になろうとしているが、それなりに忙しい中でもどうにか続けてこれたのは、この本によるところも大きかったのだなと、再読してみて改めて思った。感謝しないといけない。
特に、アウトライナーのアプリであるWorkflowyとの出会いは大きかったし、もっと情緒的なことを言えば、「プロの学者や作家、文筆家だってこんなに悩むんだ」ということがわかっただけでも立派なセラピーになった。
以下、少なからず自分語りが混ざってしまうかもしれないが、たまにはそんな脱線も許容しつつやっていこう。それが良いか悪いかを考える時間自体が、「書く」という行為の前では惜しいからだ。
さて。あれはもう、3年くらい前のことだろうか。フォローしているブロガーさんの何人かが、この本は良かったという記事を同じような時期に書いていて、そのレビューの中でWorkflowyが紹介されていたのを見たのである(その時の自分は、あてもなくEvernoteを使っていた)。
思いつくことを、全体の流れとか整合性とかに関係なく、ただ書いていくこと。どんどん改行して、どんどん書いていくこと。それらのブログ記事にまとめられた要約から読み取れる範囲での勝手な独学ではあったが、その効果は絶大だった。「頭からいきなり書き出して、途中で止まってしまって、書けなくなる」ということが劇的に減った。
とりあえずどんなものでもいいので、ばーっと書いておけば、「よくわからないが、とにかく自分が書いた何かがそこにある状態」から原稿をスタートできるからだ。これはでかい。
もちろん、何となく「乗らない」時もある。だが、何かがそこにあれば、少なくとも何かを編集することはできるのである。これは、本書の中で繰り返し語られていることを総合すれば、執筆を「作業」にしてしまう、あるいは少なくとも、執筆が作業であると自分を「錯覚」させてしまう、ということである。
半ば自己暗示的でもあるのだが、この効能は馬鹿にならない。なんと言うか、これで文章が進むと何だか儲かったような気がするのである。「そんなに頑張ったわけでもないのに何かが書けた状態」にすーっと行ける感じがする。
では、この時に何が起きているのか?と言えば、これは主に千葉氏がファシリテーター的に言っていることだが、「メモと本文との区別がなくなっている」のだ。そこを区別してしまうと、「よーし、今から書くぞ」となってしまう。その「本文」感。「よっこらしょ」としなければ書き出せない感じ。
そこに精神論ではなく、具体的な方法の側からアプローチし、自分の手にメモと本文とを区別させないように仕向けていくこと。「いい文章を書こうとして何も書けなくなっている自分」を切り捨て、メモでもなんでもいいのでとにかく書かせてしまうこと。
もうちょっと言うと、千葉氏の言う「書かずに書く」とは、「書くことを外部化する」ということでもあるのだろう。それは自分の中に外部を持つ、「主体的執筆」以外の回路を持つ、ということなのだが、「メモ」もそうだし、あるいは「口述」もそう。事務的な「記録」がそうなっている事例も本書には出てくる。パワポの中の「テキストボックス」まで含めてもいいだろう。もちろん、「ツイート」もだ。
まあ、これに関しては細かいテクニックはたくさんあるだろうが、メモ段階と錯覚させられた本文が「作業」として立ち上がる環境やルートを、自分なりにルーティン化しておく、ということが差し当たりの結論だろう。その上で、最終的には「下書きという概念がなくなった」という千葉氏の達観はすごいなと思うし、逆に、素材が蓄積するまで徹底的にメディアを変え続ける瀬下氏の執念もすごいなと思う。
テキトーなこと言ってみるが、これはおそらく、クリエイティビティみたいなものに一般化できる話なのだ。「よーし、今からすごいもん書くぞ」ではダメなのである。それはちょうど、村上春樹がその執筆論『職業としての小説家』で語っていたこととも似ている。「なにも芸術家じゃなくたっていいんだ」と。創作や芸術活動といったものが漂わせがちな神話のようなものの「解体」が、ここでは行われているのだと思う。
以上が文章の「始め方」に関する話だったとすれば、気になるのは、ではどうやって終わりにしたらいいのか?ということだろう。「制約の創造」という言葉が出てくるが、実際、意図的に終わりにしなければ執筆は終わらない。
プロの書き手であれば、もちろん締め切りがある(延びうるが)。では、締め切りを持たない私のような野良のブロガーはどうしたらいいのか、というところでは、「断念」なり「切断」という言葉がキーになってくるわけだが、無限に延ばせてしまう締め切りを前に、どうやって自ら制約を作り出していくか、というのは本当に難しい。
個人的には、「字数制限」が何かに効くのではないかと思っていた時期があった。実際、5年ほど前の開設当初、このブログは「字数制限付きの書評ブログ」というコンセプトで始まった。
本を読むのも好きだが、文章を書くのも好きだと。なら本の感想を書けばいいのでは?という発想でメモを取り始め、せっかくならネットで公開して、誰か(究極を言えば著者本人)に読まれるかもしれないというプレッシャーを自らに課し、なおかつ字数制限という制約の中で文章を練り込んでいけば、ちょっとは書くことが上達するのではないか、自分にもマシな文章が書けるようになるのではないかと、その時の自分は思ったのである。
1冊あたり1000字。新聞書評を参考にしてみての自分なりの区切りだった。当時はそこまで考えていなかったが、上で書いたように、締め切りらしい締め切りを持たない野良のブロガーにとって、もっとも手軽で合理的な「制約」の候補として採用したのだと思う。
それは文章を手から離す合図でもあったのだろうし、限られたスペースの中で淘汰が起こり、本当に必要な言葉だけが自然と残ってくれるんじゃないかという理屈でもあったのだと思う。ただ、これがあまりうまく機能せず、自分が思ったような効果は出なかった。
それよりもむしろ、たまにアクセスが多めに付いたかと思うと、(もちろんTwitterで拾われたとかそういう外的な要因はあるにせよ)主観的に言えば、読んだ後の熱量がすごくてとても1000字じゃ書けません、という、ある種の過剰さを伴いつつ好きに書いたものばかりだったのだ。
自分が書きたいように書けていて、それでいてささやかであっても好評の声をもらえることがあるなら、別に字数制限は要らないんじゃないかと思い至り、やめることにしたのである。
むしろ、自然発生的な字数超過に加えて、ある程度の冗長さを意図的に導入すると案外書きやすくなる、ということも、本書を読むまではあまり対象化できていなかったが、試行錯誤する中で自然と導入していたことに気付かされた。
これは瀬下氏の言う「他人のモノマネ的に書く」ということにも通じていて、まあ、自分が誰になりすまして書いているかはご想像にお任せするが、そうしたある種の「自動化」効果に加えて、「書けている時の自分」を再現する方法としても採用していたのではないかと思う。これまた自己暗示である。
ただ、これも言いだすとキリがないのだが、そうしたモノマネも、形式が行き過ぎると単なる「文体上の細工」に陥ってしまう罠があり、あまり依存し過ぎると恥の意識が高まってきてしまう。が、本書全体が訴えているのが、「方法にこそ哲学は宿る」みたいな話のような気もしていて、まあ、あまり潔癖的になり過ぎず、ほどほどにつき合っていけばいいのだと思う。というか、そう思うことにした。
なお、千葉雅也はここでも達観していて、モノマネ執筆論をまったく悲観していない。むしろ、「人間は必ず個性的なのであって、何を真似しても当人のスタイルに変形される」といった頼もしい楽観を投げかけており、そのスケール感に励まされた。『センスの哲学』にも通底する、いわば人生の肯定とも言えるメッセージの萌芽が、こんな何げない一行に見出せるのだ。
さて、そろそろ書くべきことは書き切ったように思うが、どうやってこの文章を終わらせよう。自分の悪い癖として、締めを必要以上にカッコつけてしまうと、案外それだけで全体のトーンが逆に台無しになってしまうことがあるので、注意が必要だ。
メモとしては、読書猿さんが言っていた「無能フィルター」という言葉が残っているが、今回は思い切って割愛しよう。網羅性はここでは問題ではない。今の自分が、自分なりのベストを尽くしているのだから、多分それでいいのだ。
とりあえず、残ったメモの階層差をなくしてすべて同列にしてみる。一度見出しを付けて整理をしてしまと、逆にそのカテゴリーに捕らわれてしまう、という現象が発生してしまうから、瀬下氏がKJ法をベースに「大分けの誘惑に抗う」と書いていたとおり、行き詰ったらいったん戻す勇気が必要である。
要らないものが見える。「いつか使うかもしれない」と思う素材はどうせ使わないので、全部消す。そして、また書く。とりあえず書いてしまえばよい。今回、なぜこの文章がここまで書けているのかと言えば、「書いているから」だ。馬鹿みたいな話だが、書きさえすれば、書けるのである。
物足りない人は、是非本書を当たっていただきたいが、これはそんな嘘みたいな同語反復を受け入れることができるようになる本である。(「執筆をある種の作業、ないしワークアウトと捉えるなら、BGMの話があってもいいのではないか」と思っていたのだが、メモをしておくのを忘れていた。これを今から膨らませるのは大変なので、今回はこれでおしまい。)
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