1000字書評ブログ “Trash and No Star”

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宮本常一『忘れられた日本人』書評|忘れられた語りの静かな記録

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 静かに野心的な本だ。雑誌『民話』に連載された当時のタイトルが「年寄たち」であったことが象徴的である。それが「忘れられた日本人」になったのだから、本書が一冊の本として発行された目的は明白だ。その差分、つまり「忘れられた日本」を、「年寄たち」を介して記録すること。日本各地で「消えかかっている伝承」を、「語り」を通じて記録すること。それは、大きく言えば「私たちはどこから来たのか」という問いでもあったのだろう。

 村の決め事のために何日もぶっ通しで話し合った人々。迷子になった村の子どもを探しに、一番さびしく不便な山の中まで探しに行ったのんべえの男。田植えをしながらエロ話をしていた女たち。人を騙すことと、おなごを構うことで一生を終えつつある、元極道にして今は橋の下で暮らす乞食の男。原始林の中で出会った、ハンセン病の老婆。引っ込みがつかなくなって死を覚悟してフグを食った老人。

 忘れられた、日本人。忘れられるべくして忘れられた、日本人。そしてその人生。断片的な、語り。

 

 何か大きなコンセプトがあったとは思えない。聞き書きに近いものから、論考交じりのインタビュー、あるいはエッセイ的なものまで、文章の形式もバラバラだ。それでも、これらの断片を重ね合わせたときに、なんとなく見えてくるのは、村に住む雑多な人々が、いろいろあっても憎しみ合わないで済むよう、福祉や政治の調整が自然と働いていた、ということである。

 たとえ堕落しても、読み書きができなくても、産んだ子どもを育てられなくても、どこかでなんとか生きていけるだけの「隙間」が世間にあった。本文中の言葉を借りるなら、「この人たちの生活に秩序を与えているものは、村の中の、また家の中の人と人との結びつきを大切にすることであり、目に見えぬ神を裏切らぬことであった」ということであろう。

 
  本書はこの「忘れられた日本人」たちの温度感を、ノスタルジーに陥ることなく今日にも伝えている。とても静かな語り口で。口では大層なことを言うが、行動は類型的な現代の人々に対する、ささやかな反感を受け取ることすらできる。
 そして私は考える。現代の日本で、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」なんてスローガンが軽々しく喧伝されるまさにこの瞬間において、忘れられている人々のことを。文字での語りを持たないまま、静かに生きているたくさんの人々のことを。
  

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著者:宮本常一
出版社:岩波書店岩波文庫
初版刊行日:1984年5月16日