Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

#書評

千葉雅也『センスの哲学』書評|はじめにリズムありき

まず、「リズム」がある。「意味」はそのあとだ。それが、狭義の芸術鑑賞に当たっての基本だと、本書は言っている。 そして、そこで身につけたリズム感を広く応用していくことによって――言い換えるなら、人生を広義の芸術として捉えることによって、人生の楽…

比嘉春潮・霜多正次・新里恵二『沖縄』書評|沖縄差別の根源を探る

沖縄から、本土に向けて書かれた本である。基本的には問題提起、あとがきの言葉を借りるなら「告発」であるが、できる限り感情を抑え、努めて歴史的な観点から、それは書かれている。 初版は1963年の1月。中野好夫と新崎盛暉の共著『沖縄戦後史』によれば、…

サンテグジュペリ『星の王子さま』書評|この世界を満たしているはずの「ほんとうのこと」についてのほんとうの物語

ほんとうに、ほんとうのこと。それはボアのこと。原始林のこと。花やヒツジのこと。そして星のこと。この世界を満たしているはずの、そんなほんとうのことについての、ほんとうの物語。 「最初に読みおえた時の気持が忘れられません」というのは宮崎駿の言葉…

スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』書評|すべてを昔のままに戻してみせるさ

久しぶりに全体を読み返し、そうだ、『グレート・ギャツビー』は確かにこんな話だったとクリアに思いだした。同時に、いずれまた細かい筋書きはすっかり忘れてしまうだろう、と思わずにはいられなかった。これ自体、ひとつの幻についての回想録であり、ひと…

フィッツジェラルドの短編を全部読んでみた【PART 1】#JAZZ AGE: 1920-1926

全部で170以上もあるというスコット・フィッツジェラルドの短編小説を少しでも体系的に、かつ、ひとつでも多く読もうとしたときに最初に困るのは、その作品群が、そもそもほとんど翻訳されていないことと、翻訳されていたとしても、そのレパートリーがあまり…

スコット・フィッツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』書評|まずは貴重な訳出に感謝を

2009年刊行。デビッド・フィンチャーによる表題作の映画化にあわせた出版ではあるが、山っ気はなく、あとがきにもあるように、「いままで日本であまり語られてこなかった、ミステリーやファンタジーにおけるフィッツジェラルドの作品をまとめられないか」と…

スコット・フィッツジェラルド『冬の夢』書評|ずっと昔、僕の中には何かがあった。でもそれは消えてしまった

「私を構成する9冊」をやれば確実に入ることになるであろう、1934年の『夜はやさし』も、フィッツジェラルドの絶対的な代表作として確固たる地位を確立している1925年の『グレート・ギャツビー』も、恥ずかしながら話の筋はあんまり覚えていない。最後に読ん…

スコット・フィッツジェラルド『マイ・ロスト・シティー』書評|すべて悲しき若者たち

スコット・フィッツジェラルドは、44年というその短い生涯で、160もの短編を残したと言われている(Wikipediaでそのリストを眺めることができる)。 荒地出版社から1981年に出ている3部作――わが国最初の年代別作品集とう触れ込みである――の第1巻『ジャズ・エ…

サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』書評|演劇が終わっても人生は続く

二人の男が、「ゴドー」なる人物を待っている。一本の木の前で、土曜日に待ち合わせ、という約束になっていた。しかし、ゴドーは一向に現れない。いつまで待ってもやってこない。 次第に二人は、昨日もここに来て、こうして同じように待っていたような気がし…

チェーホフ『ワーニャおじさん』書評|霞ゆく人生の蜃気楼

近代戯曲とは言え、100年以上も残っているチェーホフの古典を素朴に読んで、素朴な感想をインターネットで書き記すことに、いかなる意味があろうとも思わない。すでに莫大な量の研究、評論が存在しているはずであり、書評と称するからには、まずはそれらの基…

村上春樹『1973年のピンボール』書評|でも過ぎてしまえばみんな夢みたいだ

「この程度のもので文学と思ってもらっては困る」。著者のデビュー作『風の歌を聴け』を評して、ある高名な文芸批評家が放った言葉だそうだ。それが誰だったのかはあまり興味もないので調べていないが、ともかく著者は、その酷評にまったく反撥も感じず、腹…

雨宮まみ『女子をこじらせて』書評|人生が底をつくまで

ここまで正直に、自分を開くことができるものなのか。著者は、もしかしたら読者に笑ってもらうつもりで書いたのかもしれないが、全然そうした気持ちにはなれなかった。むしろ、とても悲しい本だと思った。著者がすでに故人だから、というわけではないと思う…

村上春樹『職業としての小説家』書評|「創作」をいったん「作業」にすること

ただ通り過ぎていく時間、取り返しのつかない甘い夏の夢、それをただ眺めていることしかできない無口な少年、ビールと煙草、冷たいワイン、古臭いアメリカン・ポップス、そして微かな予感――。村上春樹のすべてが詰まったデビュー作、『風の歌を聴け』を久し…

S.マーフィ重松『アメラジアンの子供たち』書評|それでも一緒くたにできないもの

アメリカ系沖縄人を含む、「アメラジアン(AmerAsian)」を象徴的に語らないこと。というかそれ以前に、彼ら・彼女らの存在や、経験を、一緒くたにしないこと。と同時に、「アジア国籍を持つ母親」と「アメリカ国籍を持つ父親(多くの場合、軍関係者)」との…

書評ブログのおすすめ絵本紹介|佐々木マキ『まじょのかんづめ』(福音館書店)

女の子と犬の飄々とした表情がなんとも可愛らしい。驚くときは驚き、ホッとするときはホッとする。表情が素直なのだ。それでいて、オーバーな感じはまったくない。ちょっと悪いことをしている時のソワソワ感や、ちょっと怖いけどやめられないんだという好奇…

岸政彦・齋藤直子『にがにが日記』日記|家族の最期を看取るということ

10月23日(月) 『にがにが日記』の見本が出来上がったらしく、Twitterに写真が出回っている。本としての佇まい、めっちゃいい感じじゃないですか・・・。買うかどうか迷っていたが、それを見て購入を決意。『断片的なものの社会学』に並ぶベスト佇まいかも。 11…

廣野由美子『シンデレラはどこへ行ったのか』書評|「一文無しの孤児」が広げたもう一つのストーリー

平置きされていたわけでもないのに、何となくタイトルと目が合った。副題に入っている『ジェイン・エア』はおろか、『赤毛のアン』も、『若草物語』も、『あしながおじさん』さえも読んだことがないのに、先日読んだ『お姫様とジェンダー』の問題意識を継ぐ…

サッサ・ブーレグレーン『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』書評|人間が作ったものならきっと変えられる

原著は2006年。世界経済フォーラムが発表する「ジェンダー・ギャップ指数」で5位となったスウェーデンで発表されている。 こういう児童書が出てくるから5位になれるのか。それとも5位になれるだけの社会環境があるからこういう児童書が出てくるのか。 いずれ…

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』書評|出口のない迷路に放り込まれ、心を壊していくまで

これはディストピア小説である。が、舞台はどこかのSF的近未来でもなければ、完全監視型の独裁国家が牛耳る暗黒大陸でもなく、現代韓国だ。地獄を描くのに、特殊な寓話的設定などもはや不要ということなのだろう。女性たちが生きる現実そのものが、すでに…

雨宮処凛『「女子」という呪い』書評|うかつに女なんかやってらんない

読みながら、せめて2004年くらいの本であって欲しいと思っていたが、2018年の本だった(元の連載は2012年開始)。回想が多いとは言え、衝撃的である。社会は本当に、少しでもマシになっているのだろうか。まったく自信がなくなるような一冊である。 そう、こ…

小川たまか『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』書評|沈黙は肯定ではない

痴漢、性暴力、女性差別。本書がこれらの題材を扱って明らかにするのは、ジェンダー・ギャップ指数116位(146か国中)のこの痴漢大国で、「ほとんどないこと」にされている女性たちが、ただ普通に生きるだけのことがいかに困難か、である。 そもそも、「ほと…

若桑みどり『お姫様とジェンダー』書評|プリンセスをやっつけろ

娘にどう育って欲しいかなんて別にないし、日々の生活で手一杯だと思う一方、読書の中で「文化資本」などという言葉が目に入ると、やはり環境は大事なのかしらなんていう邪な気持ちが芽生えてくる。 しかし親が子どもの接する文化を検閲するのはむしろ人生を…

レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』書評|不器用で、ひねくれていて、感傷的な男たち

これは本当にハードボイルド小説なのだろうか。通しで読むのはこれで3度目になるのだが、硬派な汗臭さよりもセンチメンタリズムが勝っていて、すっかり戸惑ってしまった。 もちろん、本作はハードボイルド小説の代表的作品である。私立探偵、フィリップ・マ…

大田昌秀『沖縄のこころ』書評|沖縄戦という原点を見つめる

初版は1972年。復帰の年だ。しかし、浮ついた空気はまったくない。むしろ、そのような時だからこそ、本土の人間にはとうてい理解しようのない「沖縄のこころ」を、沖縄戦という原点から徹底的に問うのだという気迫がみなぎっている。 同時に、本書を支配する…

目取真俊『魂魄の道』書評|誰とも共有できない「罪の手ざわり」を抱えながら

買ったはいいものの、読むのが恐ろしくて、しばらく触れることができなかった。それが目取真俊という作家である。 本書には「沖縄戦の記憶」をめぐる短編が5つ、発表順に並んでいるのだが、もっとも古い表題作「魂魄の道」は2014年初出となっている。2014年…

宮良ルリ『私のひめゆり戦記』書評|同じ負けるんだったら、米軍が沖縄に上陸しないうちに負ければよかったのに

皇室で読み継がれていることでも有名な一冊。著者は、米軍にガス弾を放り込まれ、ひめゆり学徒隊だけでも何十人もの犠牲者を出したことで知られる第三外科壕からの生還者である。その体験を書きものとして残すまでに40年もの歳月を要した。その途方もない時…

仲宗根政善『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』書評|生き延びてしまったことの奇跡を肯定する

名著である。すでに広く読まれ、世に多く流通していることをいいことに古本で済ませてしまったが、失敗だった。『きけ わだつみのこえ』などと同じような規模で、これからも読み継がれていくべき一冊である。 もっとも、「まえがき」でひめゆり学徒隊の消費…

伊波園子『ひめゆりの沖縄戦』書評|先生は自決する。だれに対する責任だろう

勝手に触れてはいけない歴史というものがある。語られるのを、じっと待たなければならない歴史というものがある。もしも語られたのなら、私たちはそれを黙って聞き、そのまま受け止めることしかできないだろう。 沖縄戦に関する語りもきっとそうだ。15歳そこ…

岸政彦編『東京の生活史』書評|誰にでも作れたかもしれないが、誰も作ろうとしなかった本

ほとんど奇跡のように存在し、なかば事故のように分厚いこの書物を先ほど読み終えた。読み終えた、という言い方が正しいかどうかさえ、正直よく分からない。ある意味では「聞き終えた」とも言えるし、「語り終えた」とさえ言えるかもしれない。 それどころか…

筒井淳也『仕事と家族』『結婚と家族のこれから』書評|100分deフェミニズム、(自分にとっての)その後

4人の識者がそれぞれの「フェミニズム本」を持ち寄り、フェミニズムが今日まで何と闘ってきたのかを語り合うNHKの特別番組「100分deフェミニズム」を見て、では自分の持ち場はどこだろうかと考えたところ、ひとまずそれは「家族」だろう、ということになっ…