Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

岸政彦

岸政彦・齋藤直子『にがにが日記』日記|家族の最期を看取るということ

10月23日(月) 『にがにが日記』の見本が出来上がったらしく、Twitterに写真が出回っている。本としての佇まい、めっちゃいい感じじゃないですか・・・。買うかどうか迷っていたが、それを見て購入を決意。『断片的なものの社会学』に並ぶベスト佇まいかも。 11…

岸政彦編『東京の生活史』書評|誰にでも作れたかもしれないが、誰も作ろうとしなかった本

ほとんど奇跡のように存在し、なかば事故のように分厚いこの書物を先ほど読み終えた。読み終えた、という言い方が正しいかどうかさえ、正直よく分からない。ある意味では「聞き終えた」とも言えるし、「語り終えた」とさえ言えるかもしれない。 それどころか…

岸政彦『リリアン』書評|この街と私のあいだには、互いに与えあうべきものはもう何もない

岸政彦の小説には鉤括弧がない。もしくは、ないことの方が多い。地の文と会話との境界は限りなく曖昧だ。会話の途中の改行も、人物の入れ替わりを必ずしも意味しない。句読点すら、あったりなかったりする。 だが、著者にとっては何の疑問もなく、ごく自然な…

岸政彦『図書室』書評|「世界の終わり」の終わりについての、小説みたいな映画

誰かが映画化したらいいのに、とまず思った。というか、誰もやらないなら俺がやるで、と慣れない大阪弁で思った。まあ、すでに想像の中ではほぼ撮り終えているのだが。謎のウイルスで人類が滅び、世界が終わったあとの世界を、大量の缶詰を抱えながら歩く少…

岸政彦『ビニール傘』書評|人生はちょっとだけ寂しい

読み終えたあとにじんわりと滲み出る、この気持ちを安易に感動と呼んではいけないような気がする。もっと本当の、もっと温かい、別の呼び方をしてあげたいなと思う。でもそれが何なのかが分からない。意図的に「文学者としての岸政彦」は遠ざけてきたはずな…

語りは奪われているのか?|『文藝』2021年冬季号「特集:聞き書き、だからこそ」感想

内容は想像以上に雑多。聞き書きそのものから、対談、エッセイ、論考など、形式もバラバラなら書き手の立場も様々だ。しかし、あくまで特集のタイトルに固執するなら、この問いに真正面から答えているものは案外少ないように感じた。 聞き書き、だからこそ。…

岸政彦『断片的なものの社会学』書評|ただそこにあり、日ざらしになって忘れ去られているもの

掴みどころのない本だ。2015年に買って、以来、断片的に、なんとなく思い立った時に表紙や目次を眺めたり、中身を部分的に読み返したりしているのだが、じゃあ一体どういう本なのかと問われると、うまくハマるような言葉が見つからない。要約されることや、…

岸政彦・石岡丈昇・丸山里美『質的社会調査の方法』書評|一回限りの、すぐに消えてしまうものについての知

一回限りの、すぐに消えてしまうもの。それを、一回限りの、完全には再現できない方法で調査すること。二重の意味で、一回限りの社会調査。本書で概説されている「質的調査」の定義を自分なりに要約すると、こんな感じになる。 大規模アンケートと統計を駆使…

岸政彦『はじめての沖縄』書評|海を受け取ってしまったあとに(10)

沖縄を語ることについての、本である。あるいは、沖縄のことなど語れないと、思い知るための本でもある。そして、それでも沖縄を語りたくなってしまうことについての、本でもある。同時に、どう語ってもそれは沖縄を語ったことにはならないことを知るための…

『地元を生きる 沖縄的共同性の社会学』書評|排除され、分解された「ひとり」から何が見えるか

「癒しの沖縄」といったラベリングや、「助け合う沖縄」「抵抗する沖縄」といった理想化を回避し、沖縄が、そこに暮らす人々にとって「さまざまであること」を描くこと。内地と沖縄を隔てる境界線を境界線と認めつつ、内地の人間として、境界線の「向こう側…

あるいはジャジーがせいぜいな夜の独り言|『文學界』2020年11月号感想

洋楽ロックやらヒップホップのアルバムなら100枚か200枚は聴いたはずだが、ジャズとなるとそうはいかない。ノラ・ジョーンズまで含めていいならようやく10枚とか20枚とか、せいぜいそんなところだろう。愛聴盤を訊かれれば、無防備なまま『ゲッツ/ジルベルト…