Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

【沖縄】

比嘉春潮・霜多正次・新里恵二『沖縄』書評|沖縄差別の根源を探る

沖縄から、本土に向けて書かれた本である。基本的には問題提起、あとがきの言葉を借りるなら「告発」であるが、できる限り感情を抑え、努めて歴史的な観点から、それは書かれている。 初版は1963年の1月。中野好夫と新崎盛暉の共著『沖縄戦後史』によれば、…

S.マーフィ重松『アメラジアンの子供たち』書評|それでも一緒くたにできないもの

アメリカ系沖縄人を含む、「アメラジアン(AmerAsian)」を象徴的に語らないこと。というかそれ以前に、彼ら・彼女らの存在や、経験を、一緒くたにしないこと。と同時に、「アジア国籍を持つ母親」と「アメリカ国籍を持つ父親(多くの場合、軍関係者)」との…

松本佳奈監督 連続ドラマW 『フェンス』感想|「女」というスティグマ、「女」という紐帯

(画像は公式Twitterから借用) 女が一人、タクシーを降りてコザの街に降り立つ。少し前に、東京からやってきて、広大な米軍基地とオスプレイの轟音に迎えられたばかりだ。 ある目的地に向かって歩き出す彼女を、カメラはまず頭上から視界の端に収め、次のカ…

工藤将亮監督『遠いところ』映画評|いったいこれは誰のための映画なのだろう

映画館を後にしながら、どうしてこの映画はこんなにも悲惨でなければならなかったんだろう、と思わずにはいられなかった。悲しかったし、無性に腹が立った。いや、それ以上にただ空しかった。いったいこれは誰のための映画なのだろう。まったく理解ができな…

戦争と沖縄――あるいは「ひめゆり」の詩を聴きながら

ここ最近、沖縄戦、特にひめゆり学徒隊関係の本を何冊かまとめて読んだ。 その感想はブログにも毎回アップしてきたが、客観的に見れば、私の書いた文章はどれもベタで、情緒的に過ぎたかもしれない。個人の体験に没入するあまり、フォーカスすべき構造的な問…

大田昌秀『沖縄のこころ』書評|沖縄戦という原点を見つめる

初版は1972年。復帰の年だ。しかし、浮ついた空気はまったくない。むしろ、そのような時だからこそ、本土の人間にはとうてい理解しようのない「沖縄のこころ」を、沖縄戦という原点から徹底的に問うのだという気迫がみなぎっている。 同時に、本書を支配する…

目取真俊『魂魄の道』書評|誰とも共有できない「罪の手ざわり」を抱えながら

買ったはいいものの、読むのが恐ろしくて、しばらく触れることができなかった。それが目取真俊という作家である。 本書には「沖縄戦の記憶」をめぐる短編が5つ、発表順に並んでいるのだが、もっとも古い表題作「魂魄の道」は2014年初出となっている。2014年…

宮良ルリ『私のひめゆり戦記』書評|同じ負けるんだったら、米軍が沖縄に上陸しないうちに負ければよかったのに

皇室で読み継がれていることでも有名な一冊。著者は、米軍にガス弾を放り込まれ、ひめゆり学徒隊だけでも何十人もの犠牲者を出したことで知られる第三外科壕からの生還者である。その体験を書きものとして残すまでに40年もの歳月を要した。その途方もない時…

仲宗根政善『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』書評|生き延びてしまったことの奇跡を肯定する

名著である。すでに広く読まれ、世に多く流通していることをいいことに古本で済ませてしまったが、失敗だった。『きけ わだつみのこえ』などと同じような規模で、これからも読み継がれていくべき一冊である。 もっとも、「まえがき」でひめゆり学徒隊の消費…

伊波園子『ひめゆりの沖縄戦』書評|先生は自決する。だれに対する責任だろう

勝手に触れてはいけない歴史というものがある。語られるのを、じっと待たなければならない歴史というものがある。もしも語られたのなら、私たちはそれを黙って聞き、そのまま受け止めることしかできないだろう。 沖縄戦に関する語りもきっとそうだ。15歳そこ…

【追記】『ちむどんどん』と沖縄戦――このドラマが描けたものと、描けなかったもの

少なくとも、NHKの「沖縄本土復帰50年プロジェクト」としての『ちむどんどん』はおおよそ終わったように思う。 沖縄戦についての語りが終わり、料理人としても東京で認められ、予定されていたカップルの結婚が成り立ってしまった今、このドラマがこれまで…

山里絹子『「米留組」と沖縄 米軍統治下のアメリカ留学』書評|戦後沖縄の複雑さとしたたかさ

これもまた越境者たちの物語だ。戦後の沖縄で、「沖縄」と「アメリカ」を隔てる境界線を跨ぎ、迷いながらも往復した者たちの物語だ。 タイトルの「米留」とは、文字通り米国への留学を指す。この制度が米軍政府によって設立された1949年前後といえば、米軍に…

Awich『Queendom』音楽評|ラッパーと地元(沖縄篇②)

「This is my revenge」と、2020年のミニ・アルバム『Partition』からの再録でもある「Revenge」で、Awichは何度も繰り返している。躊躇いを感じる、というほどではないが、冒頭の3曲で強調されたアルバム全体の挑発的なトーンと比べると随分と控えめな発声…

アケミ・ジョンソン『アメリカンビレッジの夜―基地の町・沖縄に生きる女たち』書評|どっちつかずの現実から目をそらさないために

有刺鉄線のフェンス。その向こう側に広がる、沖縄の中のアメリカ。ならば、こちら側はアメリカの辺境としての沖縄だろうか。しばしば両者を媒介する、地元女性と米兵との恋愛――それは、ある種の沖縄現代史が半ば意図的に見落としてきたものかもしれない。フ…

マイク・モラスキー『占領の記憶 記憶の占領』書評|沖縄 日本 アメリカ──占領とは何だったのか

「占領」という言葉に含まれた暴力性について考える。その言葉が意味するところの実際の光景や、その場を支配していたはずの絶望や緊張を想像しようとする。「占領」があるからには、その前に戦争があり、「敗戦」という形での終結がある。戦争の一部であり…

藤井誠二・ジャン松元『沖縄ひとモノガタリ』書評|何かの象徴でも代表でもなく

「沖縄」という一点のみでつながった、47人分のポートレート。いい意味でラフというか、この47人に何かを代表させたり、沖縄の何かを要約させたり、そういった作為を感じないのがいい。読者はほんの束の間、47人の人生の内側に触れ、また離れていく。その繰…

大江健三郎『沖縄ノート』書評|この「完全な葛藤」の先には何があるのか

確かにこれは、本土の人間が沖縄の人々に示す態度として、一つの「倫理的正解」ではあるのだろう。沖縄へのコミットメントを深めれば深めるほど、むしろ強烈に感じられるようになっていく沖縄からの「拒絶」の感覚。それを内面化し、絶えず自らを責め、問い…

【復帰50年】『ちむどんどん』はこのまま、復帰前後の沖縄を無色透明に描き続けるのだろうか

唐突な記録映像の挿入によって、それは描かれた。いや、あれは「描かれた」とすら表現し得ない暴挙かもしれない。「戦争によって失われた領土を、平和のうちに外交交渉で回復したことは、史上きわめて稀なこと」と自負してやまない政府高官らの万歳三唱。50…

目取真俊『眼の奥の森』書評|死者は沈黙の彼方に

この救いのない物語をいったいどのように受けとめたらいいのか、見当もつかないまま最後のページをめくり終える。ラース・フォン・トリアーの映画のよう、と言えば、伝わる人には伝わるかもしれない。苛烈で、執拗なまでの暴力描写がもたらす閉塞感と没入感…

阿波根昌鴻『米軍と農民』『命こそ宝』書評|沖縄からは「安保」がよく見える

岩波新書に残されたこの2冊は、ウィキペディアによれば阿波根昌鴻という伊江島の「平和運動家」による闘争記であり、また著者自らの言葉を借りるなら「農民の、小学校しかでていない、明治生まれのものの体験談」である。 基本的には、沖縄の戦後史に関心を…

沖縄タイムス『基地で働く 軍作業員の戦後』書評|戦後の沖縄を生きるということ

沖縄タイムス編。米軍占領下に基地で働いていた人たちの聞き書きを83人分集めている。「はじめに」にあるように、編集意図は明確。「沖縄戦後史の空白を埋めることができるのではないか」という考えのもと、それを基地の内側から見つめ直そうというのである…

中野好夫・新崎盛暉『沖縄戦後史』書評|戦後沖縄の揺らぎに耳をすます

同じ著者(新崎)の『沖縄現代史』(2005年)では、わずか33ページに圧縮されている米軍支配下の沖縄。その尺が、『日本にとって沖縄とは何か』(2016年)の段階になって69ページにまで戻った意味は、辺野古新基地に揺れる今だからこそ、改めて「復帰」の意…

大田昌秀『新版 醜い日本人』書評|日本にとって沖縄とは何か

本書の旧版が出たのは1969年。沖縄の施政権は米国にあり、軍隊に支配されたその島に日本国憲法の適用はなかった。途中、引用されている米軍側の表現を借りるなら、沖縄で暮らす人びとは「一人前の日本国民でもなければ米国市民でもない」状態に置かれていた…

【読書案内】特集『沖縄を知るための本』――海を受け取ってしまったあとに

上間陽子さんの『海をあげる』が、2021年の「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を受賞した。受賞スピーチが素晴らしいと、ツイッターのタイムラインはちょっとしたお祭りのようだった。 だが、私はそのお祭りのような騒ぎに入っていけなか…

新垣譲『インタビュー 東京の沖縄人』書評|寄せては返す、東京の沖縄

シンプルなタイトルだが、読み取れる含意が二つある。一つは、沖縄人(ウチナーンチュ)というアイデンティティがあること。もう一つは、沖縄人は東京で暮らしていても沖縄人だということだ。 雑誌『ワンダー』連載時のタイトルは「聞き書き 東京の沖縄人」…

仲村清司・宮台真司『これが沖縄の生きる道』書評|残り半分の責任はどこに

「沖縄問題の半分は沖縄人の責任でもあって、それを沖縄人自身が自覚しないと、多くのことは解決できないだろうと思います」という宮台の発言に本書の意図は凝縮されている。読者の反応を試すようだが、しかしこれ自体、宮台の言う〈感情の釣り〉そのもので…

唾奇『道 -TAO-』音楽評|ラッパーと地元(沖縄篇①)

夕陽を全身に浴びたようなメロウ・ギター。ダーティなのに内省的なリリック。淡々と進行するビートに身を任せ、タイトル・トラックの「道 -TAO-」を聴いていると、目の前の日々を、人生を、いろんなものに力を借りながらどうにかやり過ごしている若者たちが…

黄インイク監督『緑の牢獄』映画評|越境者よ安らかに眠れ

かなり身構えて劇場に向かった。沖縄の離島、台湾からの移民、そして炭坑。こういった題材が交わる場所で撮られた映画が、たとえある時代を生き延びた一人の老女の余生を追ったものであるにせよ、決して穏やかな内容で済むはずがないからだ。 むしろ、沖縄の…

Cocco『想い事。』書評|夢の終わり、故郷の続き

今年の慰霊の日、【6月23日、黙祷】と題されたCoccoのエッセイをツイッターで読んだ。1995年、バレリーナを夢見て沖縄を飛び出していった少女。文章はその回想から始まる。 地方を捨て、東京を目指すの多くの若者がきっとそうであるように、地元への眼差しは…

『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』書評|海を受け取ってしまったあとに(14)

ツイッターにアップされた米軍機の動画を見るたびに、機体の近さや轟音ぶりに驚かされる。中には、保育園や学校の敷地から撮られた動画もある。これが沖縄の現実かと、むき出しの現実に狼狽えると同時に、動画の中の子どもたちが、必ずしも特別な驚きを表現…