1000字書評ブログ “Trash and No Star”

字数制限1000字での書評ブログです。月に2度の更新が目標。好き嫌いにかかわらず、読んだ本はすべて書評します。

【沖縄】

山里絹子『「米留組」と沖縄 米軍統治下のアメリカ留学』書評|戦後沖縄の複雑さとしたたかさ

これもまた越境者たちの物語だ。戦後の沖縄で、「沖縄」と「アメリカ」を隔てる境界線を跨ぎ、迷いながらも往復した者たちの物語だ。 タイトルの「米留」とは、文字通り米国への留学を指す。この制度が米軍政府によって設立された1949年前後といえば、米軍に…

Awich『Queendom』音楽評|ラッパーと地元(沖縄篇②)

「This is my revenge」と、2020年のミニ・アルバム『Partition』からの再録でもある「Revenge」で、Awichは何度も繰り返している。躊躇いを感じる、というほどではないが、冒頭の3曲で強調されたアルバム全体の挑発的なトーンと比べると随分と控えめな発声…

アケミ・ジョンソン『アメリカンビレッジの夜―基地の町・沖縄に生きる女たち』書評|どっちつかずの現実から目をそらさないために

有刺鉄線のフェンス。その向こう側に広がる、沖縄の中のアメリカ。ならば、こちら側はアメリカの辺境としての沖縄だろうか。しばしば両者を媒介する、地元女性と米兵との恋愛――それは、ある種の沖縄現代史が半ば意図的に見落としてきたものかもしれない。フ…

マイク・モラスキー『占領の記憶 記憶の占領』書評|沖縄 日本 アメリカ──占領とは何だったのか

「占領」という言葉に含まれた暴力性について考える。その言葉が意味するところの実際の光景や、その場を支配していたはずの絶望や緊張を想像しようとする。「占領」があるからには、その前に戦争があり、「敗戦」という形での終結がある。戦争の一部であり…

藤井誠二・ジャン松元『沖縄ひとモノガタリ』書評|何かの象徴でも代表でもなく

「沖縄」という一点のみでつながった、47人分のポートレート。いい意味でラフというか、この47人に何かを代表させたり、沖縄の何かを要約させたり、そういった作為を感じないのがいい。読者はほんの束の間、47人の人生の内側に触れ、また離れていく。その繰…

大江健三郎『沖縄ノート』書評|この「完全な葛藤」の先には何があるのか

確かにこれは、本土の人間が沖縄の人々に示す態度として、一つの「倫理的正解」ではあるのだろう。沖縄へのコミットメントを深めれば深めるほど、むしろ強烈に感じられるようになっていく沖縄からの「拒絶」の感覚。それを内面化し、絶えず自らを責め、問い…

【復帰50年】『ちむどんどん』はこのまま、復帰前後の沖縄を無色透明に描き続けるのだろうか

唐突な記録映像の挿入によって、それは描かれた。いや、あれは「描かれた」とすら表現し得ない暴挙かもしれない。「戦争によって失われた領土を、平和のうちに外交交渉で回復したことは、史上きわめて稀なこと」と自負してやまない政府高官らの万歳三唱。50…

目取真俊『眼の奥の森』書評|死者は沈黙の彼方に

この救いのない物語をいったいどのように受けとめたらいいのか、見当もつかないまま最後のページをめくり終える。ラース・フォン・トリアーの映画のよう、と言えば、伝わる人には伝わるかもしれない。苛烈で、執拗なまでの暴力描写がもたらす閉塞感と没入感…

阿波根昌鴻『米軍と農民』『命こそ宝』書評|沖縄からは「安保」がよく見える

岩波新書に残されたこの2冊は、ウィキペディアによれば阿波根昌鴻という伊江島の「平和運動家」による闘争記であり、また著者自らの言葉を借りるなら「農民の、小学校しかでていない、明治生まれのものの体験談」である。 基本的には、沖縄の戦後史に関心を…

沖縄タイムス『基地で働く 軍作業員の戦後』書評|戦後の沖縄を生きるということ

沖縄タイムス編。米軍占領下に基地で働いていた人たちの聞き書きを83人分集めている。「はじめに」にあるように、編集意図は明確。「沖縄戦後史の空白を埋めることができるのではないか」という考えのもと、それを基地の内側から見つめ直そうというのである…

中野好夫・新崎盛暉『沖縄戦後史』書評|戦後沖縄の揺らぎに耳をすます

同じ著者(新崎)の『沖縄現代史』(2005年)では、わずか33ページに圧縮されている米軍支配下の沖縄。その尺が、『日本にとって沖縄とは何か』(2016年)の段階になって69ページにまで戻った意味は、辺野古新基地に揺れる今だからこそ、改めて「復帰」の意…

大田昌秀『新版 醜い日本人』書評|日本にとって沖縄とは何か

本書の旧版が出たのは1969年。沖縄の施政権は米国にあり、軍隊に支配されたその島に日本国憲法の適用はなかった。途中、引用されている米軍側の表現を借りるなら、沖縄で暮らす人びとは「一人前の日本国民でもなければ米国市民でもない」状態に置かれていた…

【読書案内】シリーズ:『沖縄の本』|海を受け取ってしまったあとに

ある朝、朝刊の見出しに「辺野古 土砂投入2年」とあった。添えられた青い写真に思わず見入る。それは確かに、私の海だった。『海をあげる』と、上間陽子さんから渡された私の海だった。 記事を読んでいくと、「米軍普天間飛行場の危険性が継続するばかりか…

新垣譲『インタビュー 東京の沖縄人』書評|寄せては返す、東京の沖縄

シンプルなタイトルだが、読み取れる含意が二つある。一つは、沖縄人(ウチナーンチュ)というアイデンティティがあること。もう一つは、沖縄人は東京で暮らしていても沖縄人だということだ。 雑誌『ワンダー』連載時のタイトルは「聞き書き 東京の沖縄人」…

仲村清司・宮台真司『これが沖縄の生きる道』書評|残り半分の責任はどこに

「沖縄問題の半分は沖縄人の責任でもあって、それを沖縄人自身が自覚しないと、多くのことは解決できないだろうと思います」という宮台の発言に本書の意図は凝縮されている。読者の反応を試すようだが、しかしこれ自体、宮台の言う〈感情の釣り〉そのもので…

唾奇『道 -TAO-』音楽評|ラッパーと地元(沖縄篇①)

夕陽を全身に浴びたようなメロウ・ギター。ダーティなのに内省的なリリック。淡々と進行するビートに身を任せ、タイトル・トラックの「道 -TAO-」を聴いていると、目の前の日々を、人生を、いろんなものに力を借りながらどうにかやり過ごしている若者たちが…

黄インイク監督『緑の牢獄』映画評|越境者よ安らかに眠れ

かなり身構えて劇場に向かった。沖縄の離島、台湾からの移民、そして炭坑。こういった題材が交わる場所で撮られた映画が、たとえある時代を生き延びた一人の老女の余生を追ったものであるにせよ、決して穏やかな内容で済むはずがないからだ。 むしろ、沖縄の…

Cocco『想い事。』書評|夢の終わり、故郷の続き

今年の慰霊の日、【6月23日、黙祷】と題されたCoccoのエッセイをツイッターで読んだ。1995年、バレリーナを夢見て沖縄を飛び出していった少女。文章はその回想から始まる。 地方を捨て、東京を目指すの多くの若者がきっとそうであるように、地元への眼差しは…

『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』書評|海を受け取ってしまったあとに(14)

ツイッターにアップされた米軍機の動画を見るたびに、機体の近さや轟音ぶりに驚かされる。中には、保育園や学校の敷地から撮られた動画もある。これが沖縄の現実かと、むき出しの現実に狼狽えると同時に、動画の中の子どもたちが、必ずしも特別な驚きを表現…

目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年 』『ヤンバルの深き森と海より』書評|海を受け取ってしまったあとに(12・13)

目取真俊の本を読んで無傷で済む人はほとんどいないだろう。本土で平和憲法の幻想とともに暮らす「踏まれている者の痛みに気づかない者」たちの足を、踏まれている側から切り裂く一方、同じくらい鋭い言葉で、沖縄内部の迷いや分断を内側からえぐってもいる…

目取真俊『虹の鳥』書評|海を受け取ってしまったあとに(11)

冒頭、ひとりの少女が車に乗り込み、運転手の男に行き先を告げる。素っ気ないその口ぶりからは、恋人や友人といった関係を思わせるような親密さは微塵も感じられず、かと言って、タクシーの乗客と運転手の間に形成される束の間の連帯感さえ、ない。 まだ17歳…

真藤順丈『宝島』書評|THERE'S A RIOT GOIN' ON

戦後の沖縄が強いられた抵抗の歴史を、ひとつの大きな精神史として語りなおすこと。戦後から施政権返還までの沖縄で経験された実際の歴史を、あえて偽物の歴史として語りなおすこと。本作で直木賞作家となった著者が、どのような思いでこの541ページに及ぶ大…

桐野夏生『メタボラ』書評|はなればなれに

二人の男が出会い、別れるまでの刹那。本書は、少なくともその意味において青春小説と呼ぶことができるだろう。一人は記憶喪失、もう一人は家出という、小説的としか言いようのない状態で闇夜を逃げ惑う二人が、沖縄北部、やんばると呼ばれる山奥で事故のよ…

岸政彦『はじめての沖縄』書評|海を受け取ってしまったあとに(10)

沖縄を語ることについての、本である。あるいは、沖縄のことなど語れないと、思い知るための本でもある。そして、それでも沖縄を語りたくなってしまうことについての、本でもある。同時に、どう語ってもそれは沖縄を語ったことにはならないことを知るための…

熊本博之『交差する辺野古 問いなおされる自治』書評|海を受け取ってしまったあとに(9)

さまざまな視線が交差する場所、辺野古。文中にあるとおり、普天間基地移設問題以降、「辺野古の住民は望んでもいないのにさまざまな視線にさらされてきた」。そしてその視線は、複雑に絡み合い、ねじれたまま硬直し、簡単にはほどけなくなってしまったよう…

『沖縄現代史(岩波新書、中公新書)』読み比べ|海を受け取ってしまったあとに(7・8)

「沖縄現代史」という、教科書のように一般的なタイトルではあるものの、やはり、この2冊の一致には何かしらの意図を見るべきなのだろう。 既に新崎盛暉の岩波新書『沖縄現代史』(以下、『新崎本』)が新版として再発されるほどの古典として認知されている…

岩波ブックレット『沖縄の基地の間違ったうわさ』『辺野古に基地はつくれない』書評|海を受け取ってしまったあとに(5・6)

辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票から、2年が経った。私は、『海をあげる』に「優しいひと」として登場する元山仁士郎氏が代表を務めたイベント「2.24音楽祭」を断片的に視聴しながら、当時、ハンスト報道の周辺に吹き上がっていた猛烈な賛否の声を前に…

高良勉『沖縄生活誌』書評|海を受け取ってしまったあとに(4)

沖縄愛にあふれ過ぎた「べき論」としての語りだったとしたら、重いなあ、と身構えていたのだが、心配ご無用。文体のマイルドさも相まって、読みやすい一冊だった。 戦後、1949年に、沖縄南部の百名・新原海岸のムラで生まれ育った著者は、自分が見て、触れて…

池宮城秀意『戦争と沖縄』書評|海を受け取ってしまったあとに(3)

私の通っていた高校には、沖縄への修学旅行がなかった。過去にはやっていたらしいが、ある時廃止にしたということだった。進学に向けて、沖縄で平和教育「なんか」している場合ではないと、教員たちは考えたのかもしれない。 たしかに、もし沖縄行きがあった…

照屋林賢・名嘉睦稔・村上有慶『沖縄のいまガイドブック』書評|海を受け取ってしまったあとに(2)

ふと、沖縄に対する自分の関心というのは、素直じゃないんだろうなあ、と思うことがある。お前、ついこの間まで、『るるぶ』的な世界にいたじゃないかと。 だからこそ、コアの部分を早く理解しなければと思う一方で、なんだか裏口入学しているような、妙な居…