The Bookend

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宮良ルリ『私のひめゆり戦記』書評|同じ負けるんだったら、米軍が沖縄に上陸しないうちに負ければよかったのに

 皇室で読み継がれていることでも有名な一冊。著者は、米軍にガス弾を放り込まれ、ひめゆり学徒隊だけでも何十人もの犠牲者を出したことで知られる第三外科壕からの生還者である。その体験を書きものとして残すまでに40年もの歳月を要した。その途方もない時間の意味を思う。

 

 丁寧なふりがなの振られ方を見ていると、本書の対象年齢が相当広いことが分かる。自分たちが動員された頃と同じ年齢の子どもたちにも伝わるといい。きっとそんな願いが込められているのだろう。

 事実、本書は戦争前の日常にも多くのページが割かれている。故郷、石垣島の美しい自然。八重山で文化的なものに触れさせてくれた教師という存在。受験生活と、憧れの女子師範学校への入学、そして厳しい寮生活。戦争とともに授業内容が少しずつ変わったかと思うと、那覇空襲で戦争が一気に身近なものとなり、ついに動員へと至る過程がそのまま追体験できる構成になっている。

 

 戦争に行くのか、行かないのか、何度か分岐点があった。だが、彼女たちが何よりも恐れていたのは、「非国民というレッテル」である。女子師範学校の学徒として、それだけは避けなければならなかった。ガス弾が放り込まれた第三外科壕では、毒ガスが充満する中でも、「天皇陛下万歳!」の叫びや「海ゆかば」を歌う声が聞こえたという。

 そうやって、あまりにも多くの命が失われてしまった。「あとをよろしく頼む」と言って託された恩師の母親も。目の前で親を亡くし、戦争孤児となった弟二人と一緒に部隊から逃がしてやった同窓生も。戦争のない時代に生まれたかったと願った少年も。最後にせめて水をお腹いっぱい飲みたいと言い残した級友も。みんな死んでしまった。

 

 劇的な要素はほとんどない。素朴で、どこか淡々としている。それでも、故郷の地で母親と再会する場面は強い印象を残す。互いに抱き合い、「言葉などひとこともありませんでした」という。言葉などひとこともない。弾雨の降り注ぐ地獄の底から生還するとは、きっとそういうことなのだろう。

 その一方で、捕虜になったその時から、死んだ学友の親にどういう顔をして会えばいいのか思い悩んでいた著者は、そこからの40年をどのような思いで過ごしたのだろうか。生きることで精一杯だっただろうか。眠れぬ夜をいくつも過ごしたのだろうか。分からない。だが、戦争を生き延びて罪になる命などあるはずがないと、本書は教えてくれる。

 

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著者:宮良ルリ
出版社:ニライ社
初版刊行日:1986年8月15日