Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

2020-01-01から1年間の記事一覧

丸山里美『女性ホームレスとして生きる』書評|決断でも逃走でも抵抗でもなく

書き出しから、著者の悩みは深い。1週間の野宿を含むハードな調査を覚悟する一方で、「研究という目的がある限り、しょせんは彼女たちを自分の調査の道具にしようとしているにすぎない」という思いが、著者を迷わせていた。 その迷いを反映するように、本書…

東浩紀・宮台真司『父として考える』書評|むずむずの先こそが読みたかった

そろそろ卒業かなー、などと思いつつ、『思想地図』の「vol.4」の見納めをしていたら、「父として考える」という対談原稿が目に留まった。語り手は東浩紀と宮台真司。説明無用のビッグネーム二人が、 育児をネタにあれこれ語っている。 好評だったらしく、新…

森崎和江『まっくら』書評|生きてても生きてないのと一緒

焼き尽くされた詩の残骸のような、「はじめに」から圧倒される。「ママ、かえろう」という娘の手を握り、まだ小さい息子をおんぶしながら、女は炭坑の町を見つめている。ニッポンへの、近代への、男への、そして女である自分への憎悪を何とかこらえながら。…

『フォークナー短編集』書評|あたしは黒人にすぎないんだわ。そんなこと、あたしの罪じゃないけど

なすすべもなく、大きな力に押し流されていく南部の人々。もたらされる復讐。あるいは破滅。誰にもそれを止めることはできない。まるで最初からそうなることが決まっていたみたいに。南北の分断により傷んだアメリカ、人種主義、奴隷制、女性嫌悪、愛と憎し…

あるいはジャジーがせいぜいな夜の独り言|『文學界』2020年11月号感想

洋楽ロックやらヒップホップのアルバムなら100枚か200枚は聴いたはずだが、ジャズとなるとそうはいかない。ノラ・ジョーンズまで含めていいならようやく10枚とか20枚とか、せいぜいそんなところだろう。愛聴盤を訊かれれば、無防備なまま『ゲッツ/ジルベルト…

宮本常一『忘れられた日本人』書評|忘れられた語りの静かな記録

" data-en-clipboard="true"> 静かに野心的な本だ。雑誌『民話』に連載された当時のタイトルが「年寄たち」であったことが象徴的である。それが「忘れられた日本人」になったのだから、本書が一冊の本として発行された目的は明白だ。その差分、つまり「忘れ…

上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー 新版』書評|あなた方の正史に、わたしは含まれていない

苦闘の書だ。著者、上野千鶴子の1990年代は、いわゆる「慰安婦問題」に捧げられている。本書はその総決算なのだが、達成感らしきものはどこにもない。 本書が戦いを挑んでいるのは、「ただひとつの真実」、「決定版の歴史」を求める人々の欲望である。端的に…

noteから引っ越しです

告知するほどの読者もいない、生まれたてのブログではありますが、引っ越しの告知でございます。 私は、note株式会社が、コンテンツ配信サイト・cakes(ケイクス)において、『ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした』という記事を、「…

上野千鶴子『家父長制と資本制』書評|「二人目の母親」として考える

岩波から出ている上野千鶴子の学術本かあ、と怯むことなかれ。特に社会科学の訓練を受けたことのない筆者でも読み通すことができたのだから、さしあたり必要なのは問題意識である、と言っておきたい。 筆者の場合、それは「妻との育児・家事分担」であった。…

『海をあげる』書評|今度こそ、私たちが上間陽子の話を聞く番だ

それはとても迷いながら書かれた本のように思えた。上間陽子の『裸足で逃げる』のことだ。沖縄の風俗業界で働く女性たちの聞き取り調査を、何本かの物語として切り出したものだが、告発に乗り出す正義感とはまったく異なる熱量で、それは書かれていた。 著者…

鶴見俊輔『文章心得帖』書評|「紋切り型は嫌だ」という紋切り型

気の利いた、洒落た文章が好きだ。風流な表現があればつい真似して使ってしまうし、ありふれた表現はできる限り避けたい。村上春樹の小説に、ケルアックの小説を線を引きながら読んでる女の子が出てくるが、あれは私のことだ。 内容なんてろくに読んじゃいな…

松田道雄『定本 育児の百科(上)』書評|育児をサボる権利

育児をサボる権利。上野千鶴子らが編んだ『戦後思想の名著50』にも収録された本書に「思想」があるとすれば、私はそのように呼びたい。育児の現場において、本書を貫く「楽観」に助けられたのは一度や二度ではない。我が家ではどうにか、この上巻の「2周目…

寺尾紗穂『南洋と私』書評|たよりないもののために

シンガー・ソングライター、寺尾紗穂による南洋・サイパンの、日本統治時代の「記憶」をめぐる聞き書き――。本書を最小限の労力で要約するとそうなる。ここにどのような価値や、彼女の音楽活動との整合性を見出せるかは、もっぱら読者の感度にかかっている。 …