Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽のレビューブログ。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

#書評(ブックレビュー)

飯田泰之『経済学講義』書評|経済学は何をどう考えようとしているのか

そろそろ経済のことを一度学んでおこう、という気になった。 何か大きなトリガーがあったわけではない。が、例えばTwitterに流れてくる歴代首相の経済政策の評価などを眺めてみても、経済音痴の自分には何が何だかさっぱりわからないし、ともすれば「大嫌い…

又吉栄喜『豚の報い』書評|「遅延の文学」として

又吉栄喜の小説は、「決定的な事態」の到来を常に予期させつつも、決してそこには到達し得ない不能の文学である。 思い出してみよう。闘牛大会に連れられた牛が外国車のドアをへこませてしまい、牛を連れていた沖縄人の男が外国人の男に怒鳴られまくる場面を…

岸政彦編『大阪の生活史』書評|みんなそうやって生きてきとんねん

何も代表しない、どこかの、誰かの人生。終わればそれで終わりの、一回こっきりの人生。その語り。行ったり来たりの、断片的な、しかし驚くほど豊かな語り。 周知のとおり、コンセプトは『東京の生活史』とまったく同じで、大阪に何かしらの縁を持つ「ふつう…

岸政彦『生活史の方法』書評|社会の「向こう側」に耳をすませて

以前、『東京の生活史』のレビューに「作れと言われれば誰にでも作れたかもしれないが、誰も作ろうとしなかった本」と書いたのは、「人生を聞いて書く」ということだけであれば、少なくともそのおおよその流れを想像するのは不可能ではない、という意味であ…

藤本和子『塩を食う女たち』『ブルースだってただの唄』書評|二十歳になるまで生きのびたら大成功

日本人が、黒人女性の生活史を聞き取る、ということ。いったいそれはいかなる理由で行われ、いかにして可能となったのか。疑問は尽きないだろうと思う。が、まずは読むしかない。そういう本が存在するならば、まずはそのとおりに読むしかない。 聞こえてくる…

イターシャ・L・ウォマック『アフロフューチャリズム』書評|ブラック・トゥ・ザ・フューチャー

便宜的に「地球」と名付けられたこの惑星から、まだ見ぬ宇宙の彼方まで。あるいは、遥か古代のエジプト文明から、遥か未来のポスト・ヒューマン時代まで。そうやって時間と空間の限りを自在に、「蛇のように」滑走する想像力に時差と酔いを感じ、思わずよろ…

『ある奴隷少女に起こった出来事』書評|祈りとはそれ自体で希望なのかもしれない

黒人奴隷ならびにその子孫は、所有者の財産であって合衆国の市民ではない。 ――1857年の最高裁「ドレッド・スコット判決」より*1 私たちは、奴隷として暮らしたことがない。 光もほとんど入らず、手足を伸ばすだけの広さもない狭苦しい屋根裏で、具体的な逃亡…

中村隆之『ブラック・カルチャー』書評|変わりゆく同じもの

未来は過去から生み出される。 だが、帰るべき故郷は奪われ、過去とのつながりはすでに失われている。 この、断絶。あまりにも深い断絶。 それでもなお、そこで「帰還」が主題化されるとき、彼らはいったいどこへ帰れるというのだろう? あるいはそこは、現…

速水健朗『都市と消費とディズニーの夢』書評|完全な理想都市の残滓として

にわかに再燃した(自分だけかもしれないが)ショッピングモール論争を受けて、真っ先に思い出したうちのもう一冊がこの本だ。 先に紹介した東浩紀と大山顕の対談本『ショッピングモールから考える』と同じく、「思想地図β」文脈による新書で、著者はライタ…

『オキナワミュージックカンブリア ラジオが語る沖縄音楽50年』書評|エフエム沖縄、魂の50年史

ぼんやりと一年も寝かせてしまったことが悔やまれるほど、アツい本だった。 それは本書が、2022年、つまり沖縄の「復帰50年」のタイミングでエフエム沖縄が制作した特別番組を、単に読者向けの語りとして再構成した一冊であるだけではなく、沖縄のポップ・ミ…

東浩紀・大山顕『ショッピングモールから考える』書評|論じるに値しないものこそ

『美術手帖』ウェブ版の編集長、橋爪勇介氏のツイートが炎上した。削除前の投稿も修正後の投稿も読んだが、別にそれ自体はなんてことのない、お盆の帰省にあわせて個人的な感傷を書き留めたものであり、「すっかり東京に染まってしまった自分」に対する「か…

フランツ・カフカ『審判』書評|自分が無罪なのかがわからない

これはめっぽう面白い小説である。いろいろな「深読み」や「拡大解釈」を当然の権利のごとくスタートする前に、まずはこの事実を頑なに確認しておかなければならない。 これは、めっぽう、面白い、小説である。 もちろん、これが「未完の遺稿」を暫定的に並…

村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』書評|踊るんだよ。音楽の続く限り。

村上春樹の長編を、これほど短期間でまとめて読むつもりは全くなかった。自分にとって、少なくとも「今の」自分にとって、村上春樹はもうそのような作家ではない、、、はずだった。 だが、何年か前から、佐々木マキ氏によるあのクールな表紙が目に入る度に「…

村上春樹『羊をめぐる冒険』書評|間違った場所、間違った時間、あるいは引きのばされた袋小路

彼らがたどり着いたのは、結局のところ間違った場所だった。彼らはそこに留まるべきではなかったし、まして引き返すべきではなかったのだ。そこで交わされる言葉も、流れる時間も、何もかもが間違っている。 だが、実際のところ、彼らに選択肢なんてなかった…

佐々木敦『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』書評|書くことのゲシュタルト崩壊

日本に生まれ、育ち、母国語としてたまたま習得「してしまった」この日本語というものを、いったんアンストせよと、著者は言う。そんなもの忘れてしまえと。 その上でもう一度、インストールし直すのだと。本書の副題は、だから、本当は「ことばのアンインス…

『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』書評|方法にこそ哲学は宿る

書く以前に書く。 文章を書いているという意識が生まれてしまう前に、ただ書く。 そのような状態に、自分をどう持っていくか。そして、その状態をいかに維持していくか。本書はそのヒントをいくつも共有してくれる。哲学であると同時に、極めて実践的なノウ…

ブラウニング『普通の人びと ホロコーストと第101警察予備大隊』書評|いかにして普通の中年ドイツ人が大量虐殺者になったか

戦争中とはいえ、仕事として一般市民を殺すということ。しかも、一人とか二人とか、そういったレベルではない。何十、下手をすれば何百といった無抵抗の人々を、至近距離で、流れ作業的に射殺するということ。あるいは、生きては帰ってこれない収容所に家畜…

芝健介『ホロコースト』書評|ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

わずか数行のうちに、数千人が亡くなっていく。それも、次から次へと、だ。 何か悪いことをしたわけではないのに、その殺人は「処刑」と呼ばれた。ただ存在を丸ごと否定され、(こう言ってよければ――)意味もなく殺されたのだ。ページをめくっても、めくって…

リチャード・ベッセル『ナチスの戦争 1918-1949』書評|これは激烈なる批判の書だ

すごい本だった。ぐっと圧縮された情報量の多い文章であり、予備知識なしの挑戦はやや厳しいかもしれないが、ナチズムを知ろうとするなら、石田勇治著『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)に続けて読むべき必読の一冊である。 まず、前提が違う。著…

ウルリヒ・ヘルベルト『第三帝国 ある独裁の歴史』書評|戦争こそナチズムの本質である

ナチス独裁の歴史を描く、その時代の切り取り方がまずは興味深い一冊である。およそ250ページのうち、ナチスによる権力掌握の過程が、わずか77ページ(3割程度)にとどまっているのだ。 『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』の巻末ブックガイドで「最…

中谷剛『ホロコーストを次世代に伝える』書評|二重の意味での部外者として

著者・中谷剛氏は、ホロコーストの歴史にとって二重の意味で部外者である。つまり、「戦後生まれの」、「日本人」だという意味で。 もちろん、そんなことは本人が一番わかっていて、アウシュビッツ=ビルケナウ博物館における日本人初の(そしておそらくは今…

石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』書評|悪夢のような権力掌握過程

文字通り「絶滅」を目指して実行され、ヨーロッパ全体で「少なくとも559万6000人」の犠牲者を出したという、ナチ・ドイツによるユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)。いったい、いかなる条件下でそれは可能となったのか。 先に紹介した『検証 ナチスは「良いこ…

田野大輔・小野寺拓也編『〈悪の凡庸さ〉を問い直す』書評|決して責任を解除することなく

〈悪の凡庸さ〉――。 確かに、魅力的なフレーズだ。短いながらも、その意味するところを考えさせ、何かを喚起する力がある。なんだか「特別な教訓」を受け取れそうな気さえしてくる。 だが、本書のいささか込み入った議論は、良くも悪くも、〈悪の凡庸さ〉と…

小野寺拓也・田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』書評|包摂と排除の危険なダイナミクス

たった一冊の「ネタ本」を頼りに、Twitterでその道の専門家に「論戦」を挑む。おそらくは「インターネットで真実に目覚める」ことが可能になり、またSNSの登場によって「論戦」を吹っ掛ける環境が整った2000年代後半以降の文化だと思われるが、そうした「歴…

鈴木布美子『レオス・カラックス——映画の二十一世紀へ向けて』書評|おしゃべりで孤独な映画について

それは愛についての映画であると、誰しもが思っている。愛と呼ぶほどの成熟がそこになかったとしても、それは暫定的に、やはり愛と呼ぶしかないのだと、誰しもが思っている。 だが、愛と呼ぶよりも実は破滅に近いであろうその報われない行為を指して、しかも…

ハン・ガン『すべての、白いものたちの』書評|生と死のあわいで

あまりに美しい文章で、思わず声に出して読みたくなった。この言葉たちは、空気に触れるとどんな響きをするのだろうかと。覚えている限り、このような気持ちになった本は他にない。 実際に声に出して読んでみると、それは翻訳されたものとは思えぬ滑らかさで…

村上春樹『風の歌を聴け』書評|微かな予感に導かれて

ただ通り過ぎていく時間、取り返しのつかない夏の夢、それをただ眺めていることしかできない無口な少年、ビールと煙草、冷たいワイン、古臭いアメリカン・ポップス、そして微かな予感――。 村上春樹のデビュー作、『風の歌を聴け』を一年ぶりに読んだ。前にも…

『社会学はどこから来てどこへ行くのか』書評|「特別な時代診断」から「普通の学問」へ

ついに読み切った。数年寝かせてたくらいでは積読業界ではまだまだ若手の部類だろうが、読んでみては閉じ、読んでみては閉じ、時間が空いたのでまた冒頭からやり直してまた挫折して、、、を延々繰り返していた、我が家を代表する積読本をついに読み切った。 …

岸政彦『調査する人生』書評|社会をいちばん遠回りで理解する方法

生活史を読むと、いったい何を読んだことになるのだろうか。 その暫定的な答えが、仮に「人生」なのだとしたら、「人生」とはいったいなんだろうか。名もなき人びとの「人生」を読んで、いったい何を読んだことになるのだろうか。 「本なんて面白ければなん…

金成隆一『ルポ トランプ王国2』書評|自分の国でよそ者になってしまった人々

2016年、トランプが当選することになる大統領選を追った前著『トランプ王国』の続編。「ラストベルト再訪」と題し、トランプ当選後のアメリカを歩き、支持者たちの声を再び拾っていく。当選から2年ほどの時間の中でそれがどのように変質したのか、あるいは都…