Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

〔講談社〕

村上春樹『1973年のピンボール』書評|でも過ぎてしまえばみんな夢みたいだ

「この程度のもので文学と思ってもらっては困る」。著者のデビュー作『風の歌を聴け』を評して、ある高名な文芸批評家が放った言葉だそうだ。それが誰だったのかはあまり興味もないので調べていないが、ともかく著者は、その酷評にまったく反撥も感じず、腹…

千葉雅也『現代思想入門』書評|巨悪が立ち上がらないように

こんなにわかりやすくていいのだろうかと、申し訳なくなる本である。 特に、本書のキーワードである「脱構築」を、フーコーの権力論に照らして解説する第3章には、「規律訓練」や「生政治」といった概念を昨今のコロナ禍に喩えて説明するくだりがあるのだが…

井上一馬『ブラック・ムービー アメリカ社会と黒人社会』書評|特集「ロング・ホット・サマー」10冊目

時代の後知恵とはいえ、本書に関しては、ジェンダー、もしくはレイシズムの観点からいくら値引きすべきかという問題がまずあるだろう。 例えば、エディ・マーフィの個性を評するのに「白人には見られない底抜けの明るさ」などという表現では個人の資質をあま…

大和田俊之『アメリカ音楽史』書評|特集「ロング・ホット・サマー」8冊目

別のタイトルを付けるなら「アメリカ音楽神話解体」だろう。副題のとおり、基本的にはミンストレル・ショウやブルースといった100年以上も前の音楽から、1970年代生まれのヒップホップまでのアメリカ音楽史を一望する内容なのだが、裏テーマとしてあるのは、…

村上春樹『アンダーグラウンド』書評|でもね親としちゃ触ってみて、冷たくなっていて、それでやっと「駄目だわ」って思えるんです。

存在だけは、もちろん知っていた。村上春樹が手がけた、地下鉄サリン事件関係のノンフィクション。なかなか読む気にならなかったのは、オウム真理教というものが、自分にとって、あえて村上春樹を通じて読んでみたいと思うような題材ではなかったからだ。 い…

真藤順丈『宝島』書評|THERE'S A RIOT GOIN' ON

戦後の沖縄が強いられた抵抗の歴史を、ひとつの大きな精神史として語りなおすこと。戦後から施政権返還までの沖縄で経験された実際の歴史を、あえて偽物の歴史として語りなおすこと。本作で直木賞作家となった著者が、どのような思いでこの541ページに及ぶ大…

望月優大『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』書評|移民大国の古くて新しい不都合

「お父さん、ブラジルどこ?」――富田克也監督、映画『サウダーヂ』の印象深い一場面だ。あるいは、「日本人は多文化共生に耐えられない」と書いて炎上した上野千鶴子のコメント「平等に貧しくなろう」でもよい。私が見逃してきた「きっかけ」たちである。 気…