The Bookend

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千葉雅也『現代思想入門』書評|巨悪が立ち上がらないように

 こんなにわかりやすくていいのだろうかと、申し訳なくなる本である。

 特に、本書のキーワードである「脱構築」を、フーコーの権力論に照らして解説する第3章には、「規律訓練」や「生政治」といった概念を昨今のコロナ禍に喩えて説明するくだりがあるのだが、千葉雅也にこんなことをさせていいのかと思わずにはいられなかった。しかしわれわれ一般人が必要としているのはこういった具体的で、世俗的な、一発で入ってくる説明なのである。ここまで降りてきてくれた著者に感謝するほかない。

 実際、著者にこの本を書かせたのは、ある種の「諦め」だったという。年齢などを踏まえたひとつの区切りとして、伝統芸能じみてきた現代思想の読み方・つくり方をいっそ一般に開放してしまおうという大胆な選択がここで行われている。それを素直に喜んでいいのかという思いもあるものの、巻末に出てくる「講談社現代新書」刊行宣言文じゃないが、せめて自分は990円でこれが読める特権を謳歌すべきなのだろうと思い直した。

 

 一応、概要に触れておきたい。本書は、「現代思想」=「ポスト構造主義」=「世界をパターンの反復として認識可能と思っていた時代のあとの哲学」に関する入門書である。

 主役はジャック・デリダジル・ドゥルーズミシェル・フーコーの三人で、キーワードは「脱構築」だ。具体例をひとつひとつ取り上げるほどの余裕はないけれども、総じて言えば、現代思想とは存在や価値を確定できない「宙吊り」の状態に耐え続けることだと理解した。

 その全体像を見せる中で著者が言いたいのは、自分がとらわれている認識構造上の制約をメタに知ることであり、その上で、そこから少しでも自由になれ、ということなのだと思った。しかも、それが単に論理の中だけで展開している話ではなく、著者自らが、実人生において現代思想を必要としている点にこそ私は魅力を感じた。そうでなくては。

 

 他者や世界の曖昧さや複雑さを「いったん」受け入れるならば、自分の不確かさも、存在としての偏りも、「いったん」は受け入れられる。それができないと、立ち上がるのは巨大な謎だ。現代思想の推進力は、「真理にたどり着けないからこそ進み続けられる」という逆説にあるとのことだが、それを「いったんは」断ち切って、有限な部分を生きること。

 誤解を承知で言えば、自己啓発本の一種として読まれることさえ拒まない、だからこその名著だと思う。

 

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著者:千葉雅也
出版社:講談社講談社現代新書
初版刊行日:2022年3月20日