Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

〔筑摩書房〕

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』書評|出口のない迷路に放り込まれ、心を壊していくまで

これはディストピア小説である。が、舞台はどこかのSF的近未来でもなければ、完全監視型の独裁国家が牛耳る暗黒大陸でもなく、現代韓国だ。地獄を描くのに、特殊な寓話的設定などもはや不要ということなのだろう。女性たちが生きる現実そのものが、すでに…

若桑みどり『お姫様とジェンダー』書評|プリンセスをやっつけろ

娘にどう育って欲しいかなんて別にないし、日々の生活で手一杯だと思う一方、読書の中で「文化資本」などという言葉が目に入ると、やはり環境は大事なのかしらなんていう邪な気持ちが芽生えてくる。 しかし親が子どもの接する文化を検閲するのはむしろ人生を…

岸政彦編『東京の生活史』書評|誰にでも作れたかもしれないが、誰も作ろうとしなかった本

ほとんど奇跡のように存在し、なかば事故のように分厚いこの書物を先ほど読み終えた。読み終えた、という言い方が正しいかどうかさえ、正直よく分からない。ある意味では「聞き終えた」とも言えるし、「語り終えた」とさえ言えるかもしれない。 それどころか…

荒このみ『黒人のアメリカ』書評|特集「ロング・ホット・サマー」5冊目

この短いタイトルを見て、本書が「アメリカ黒人に関する文芸評論」だと想像できる人がどれだけいるだろう。むしろ表紙の紹介文を読んで、『アメリカ黒人の歴史』のような通史ものを期待する人もいるのではないか。今や重版されていないようだが、タイトルの…

筒井淳也『社会を知るためには』書評|「意図せざる結果」に満ちた、なんだかよくわからない社会で

社会学の勉強なんてしたことがないのに、それっぽい言葉をつい使いたくなってしまうのは、多くの理論が「自然言語」によって構成される社会学という学問が、「これなら自分でも語れそう」と勘違いさせてくれるからだろう。 しかし当たり前だが、社会学者が使…

宮台真司『終わりなき日常を生きろ』書評|「1995年」の診断書、としてではなく

およそ10年ぶりの再読。最初に読んだ時は、「終わりなき日常」や「さまよえる良心」といった言葉の強さに惑わされる一方で、社会があっという間に「診断」され、問題の解決策が「処方」されるまでの圧の強さ、他者に対する断定的なフレーミングへの拒否感が…

梁 英聖『レイシズムとは何か』書評|レイシズムは社会を破壊する

10年ほど前だろうか、渋谷駅前で初めてヘイトスピーチの現場に出くわした時、こんなことが公共の場で許されるのかと衝撃を受けた。まさに、ラッパー・ECDが「こんな世界があっていいわけがねー」とラップしたとおりだった。 しかし、私はそこで終わってし…

打越正行『ヤンキーと地元』書評|「癒しの沖縄」から切り離された世界で

これもまた、青い海や青い空が眠った後の沖縄についての本だ。ちょうど、上間陽子の『裸足で逃げる』がそうだったように。改造されたバイクのテールランプだけが、男たちの行く先を照らしている。 著者にとって社会とは、人間である。社会は、人に「生きられ…

『海をあげる』書評|今度こそ、私たちが上間陽子の話を聞く番だ

それはとても迷いながら書かれた本のように思えた。上間陽子の『裸足で逃げる』のことだ。沖縄の風俗業界で働く女性たちの聞き取り調査を、何本かの物語として切り出したものだが、告発に乗り出す正義感とはまったく異なる熱量で、それは書かれていた。 著者…

鶴見俊輔『文章心得帖』書評|「紋切り型は嫌だ」という紋切り型

気の利いた、洒落た文章が好きだ。風流な表現があればつい真似して使ってしまうし、ありふれた表現はできる限り避けたい。村上春樹の小説に、ケルアックの小説を線を引きながら読んでる女の子が出てくるが、あれは私のことだ。 内容なんてろくに読んじゃいな…