Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

2021-01-01から1年間の記事一覧

筒井淳也『社会を知るためには』書評|「意図せざる結果」に満ちた、なんだかよくわからない社会で

社会学の勉強なんてしたことがないのに、それっぽい言葉をつい使いたくなってしまうのは、多くの理論が「自然言語」によって構成される社会学という学問が、「これなら自分でも語れそう」と勘違いさせてくれるからだろう。 しかし当たり前だが、社会学者が使…

宮台真司『終わりなき日常を生きろ』書評|「1995年」の診断書、としてではなく

およそ10年ぶりの再読。最初に読んだ時は、「終わりなき日常」や「さまよえる良心」といった言葉の強さに惑わされる一方で、社会があっという間に「診断」され、問題の解決策が「処方」されるまでの圧の強さ、他者に対する断定的なフレーミングへの拒否感が…

村上春樹『約束された場所で』書評|なんか体の中に大きな風穴が開いているというか、心がすうすうするんです。

日本の自殺者数は1998年になって急増し、その後15年ほど、年間3万人を超える水準が続いた。この推移について、厚生労働省は『自殺対策白書』で、「バブル崩壊による影響とする説が有力であるが、その後も変わらず高水準で自殺者数が推移してきたことについて…

村上春樹『アンダーグラウンド』書評|でもね親としちゃ触ってみて、冷たくなっていて、それでやっと「駄目だわ」って思えるんです。

存在だけは、もちろん知っていた。村上春樹が手がけた、地下鉄サリン事件関係のノンフィクション。なかなか読む気にならなかったのは、オウム真理教というものが、自分にとって、あえて村上春樹を通じて読んでみたいと思うような題材ではなかったからだ。 い…

大門正克『語る歴史、聞く歴史』書評|誰かの「正史」のための素材ではなく

傾聴、という行為がビジネススキルの一つになるような時代である。著者の言うとおり、今は「聞くことへの関心がひろがっている時代」なのかもしれない。 副題のとおり、オーラル・ヒストリーについて、150年の歴史をたどった一冊だ。もっと早く、「聞き書き…

語りは奪われているのか?|『文藝』2021年冬季号「特集:聞き書き、だからこそ」感想

内容は想像以上に雑多。聞き書きそのものから、対談、エッセイ、論考など、形式もバラバラなら書き手の立場も様々だ。しかし、あくまで特集のタイトルに固執するなら、この問いに真正面から答えているものは案外少ないように感じた。 聞き書き、だからこそ。…

岸政彦『断片的なものの社会学』書評|ただそこにあり、日ざらしになって忘れ去られているもの

掴みどころのない本だ。2015年に買って、以来、断片的に、なんとなく思い立った時に表紙や目次を眺めたり、中身を部分的に読み返したりしているのだが、じゃあ一体どういう本なのかと問われると、うまくハマるような言葉が見つからない。要約されることや、…

岸政彦・石岡丈昇・丸山里美『質的社会調査の方法』書評|一回限りの、すぐに消えてしまうものについての知

一回限りの、すぐに消えてしまうもの。それを、一回限りの、完全には再現できない方法で調査すること。二重の意味で、一回限りの社会調査。本書で概説されている「質的調査」の定義を自分なりに要約すると、こんな感じになる。 大規模アンケートと統計を駆使…

梁 英聖『レイシズムとは何か』書評|レイシズムは社会を破壊する

10年ほど前だろうか、渋谷駅前で初めてヘイトスピーチの現場に出くわした時、こんなことが公共の場で許されるのかと衝撃を受けた。まさに、ラッパー・ECDが「こんな世界があっていいわけがねー」とラップしたとおりだった。 しかし、私はそこで終わってし…

仲村清司・宮台真司『これが沖縄の生きる道』書評|残り半分の責任はどこに

「沖縄問題の半分は沖縄人の責任でもあって、それを沖縄人自身が自覚しないと、多くのことは解決できないだろうと思います」という宮台の発言に本書の意図は凝縮されている。読者の反応を試すようだが、しかしこれ自体、宮台の言う〈感情の釣り〉そのもので…

寺尾紗穂『北へ向かう』音楽評|出会ってしまうことと、別れてしまうこと

私は寺尾紗穂の理想的なリスナーではないなと、今さらながらに思う。もちろん、音楽以外の活動でも忙しくしている人で、何冊か本を出しているのは知っていたし、いくつかの楽曲が実際の「支援」に近い場所から作られていることも知っていた。つもりだった。…

唾奇『道 -TAO-』音楽評|ラッパーと地元(沖縄篇①)

夕陽を全身に浴びたようなメロウ・ギター。ダーティなのに内省的なリリック。淡々と進行するビートに身を任せ、タイトル・トラックの「道 -TAO-」を聴いていると、目の前の日々を、人生を、いろんなものに力を借りながらどうにかやり過ごしている若者たちが…

黄インイク監督『緑の牢獄』映画評|越境者よ安らかに眠れ

かなり身構えて劇場に向かった。沖縄の離島、台湾からの移民、そして炭坑。こういった題材が交わる場所で撮られた映画が、たとえある時代を生き延びた一人の老女の余生を追ったものであるにせよ、決して穏やかな内容で済むはずがないからだ。 むしろ、沖縄の…

Cocco『想い事。』書評|夢の終わり、故郷の続き

今年の慰霊の日、【6月23日、黙祷】と題されたCoccoのエッセイをツイッターで読んだ。1995年、バレリーナを夢見て沖縄を飛び出していった少女。文章はその回想から始まる。 地方を捨て、東京を目指すの多くの若者がきっとそうであるように、地元への眼差しは…

下地ローレンス吉孝『「ハーフ」ってなんだろう?』書評|悪気なく誰かを傷つけてしまう前に

「ハーフの子みたい」と、うちの娘がよく言われる。それも初対面の相手に、おそらくは悪気なく。誰も幸せにならないコメントだと、本書を読んだ今ならば断言することができる。この「悪気はない」というのが厄介だ。こうした日常の一場面こそ、「ハーフ」と…

『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』書評|海を受け取ってしまったあとに(14)

ツイッターにアップされた米軍機の動画を見るたびに、機体の近さや轟音ぶりに驚かされる。中には、保育園や学校の敷地から撮られた動画もある。これが沖縄の現実かと、むき出しの現実に狼狽えると同時に、動画の中の子どもたちが、必ずしも特別な驚きを表現…

目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年 』『ヤンバルの深き森と海より』書評|海を受け取ってしまったあとに(12・13)

目取真俊の本を読んで無傷で済む人はほとんどいないだろう。本土で平和憲法の幻想とともに暮らす「踏まれている者の痛みに気づかない者」たちの足を、踏まれている側から切り裂く一方、同じくらい鋭い言葉で、沖縄内部の迷いや分断を内側からえぐってもいる…

目取真俊『虹の鳥』書評|海を受け取ってしまったあとに(11)

冒頭、ひとりの少女が車に乗り込み、運転手の男に行き先を告げる。素っ気ないその口ぶりからは、恋人や友人といった関係を思わせるような親密さは微塵も感じられず、かと言って、タクシーの乗客と運転手の間に形成される束の間の連帯感さえ、ない。 まだ17歳…

真藤順丈『宝島』書評|THERE'S A RIOT GOIN' ON

戦後の沖縄が強いられた抵抗の歴史を、ひとつの大きな精神史として語りなおすこと。戦後から施政権返還までの沖縄で経験された実際の歴史を、あえて偽物の歴史として語りなおすこと。本作で直木賞作家となった著者が、どのような思いでこの541ページに及ぶ大…

桐野夏生『メタボラ』書評|はなればなれに

二人の男が出会い、別れるまでの刹那。本書は、少なくともその意味において青春小説と呼ぶことができるだろう。一人は記憶喪失、もう一人は家出という、小説的としか言いようのない状態で闇夜を逃げ惑う二人が、沖縄北部、やんばると呼ばれる山奥で事故のよ…

上野千鶴子『女の子はどう生きるか』書評|せめて女の子の翼を折らないために

この国で、女の子として育ち、生きるということ。そして、この国で、女の子を育てるということ。それがこんなにも、ハードなことだとは思わなかった。ウンザリするようなニュースの山、山、山。その気付きは同時に、自分がこれまで出会ってきた女性たち全員…

レイモンド・カーヴァー『ささやかだけれど、役にたつこと』書評|いい事ばかりはありゃしない

最後にいい事があったのは、一体いつだろうか。思い出せない。明日、いい事が起こるなんてことも、別に期待していない。人生の大きな抽選からはすでにあぶれてしまったし、サクセスストーリーの最終電車からもとっくの昔に降りてしまった。この人生がどこに…

岸政彦『はじめての沖縄』書評|海を受け取ってしまったあとに(10)

沖縄を語ることについての、本である。あるいは、沖縄のことなど語れないと、思い知るための本でもある。そして、それでも沖縄を語りたくなってしまうことについての、本でもある。同時に、どう語ってもそれは沖縄を語ったことにはならないことを知るための…

熊本博之『交差する辺野古 問いなおされる自治』書評|海を受け取ってしまったあとに(9)

さまざまな視線が交差する場所、辺野古。文中にあるとおり、普天間基地移設問題以降、「辺野古の住民は望んでもいないのにさまざまな視線にさらされてきた」。そしてその視線は、複雑に絡み合い、ねじれたまま硬直し、簡単にはほどけなくなってしまったよう…

『沖縄現代史(岩波新書、中公新書)』読み比べ|海を受け取ってしまったあとに(7・8)

「沖縄現代史」という、教科書のように一般的なタイトルではあるものの、やはり、この2冊の一致には何かしらの意図を見るべきなのだろう。 既に新崎盛暉の岩波新書『沖縄現代史』(以下、『新崎本』)が新版として再発されるほどの古典として認知されている…

東浩紀『ゲンロン戦記』書評|哲学者とエクセル(もしくは、今すぐには変わらない世界のために)

どこで東浩紀とはぐれてしまったのだろう、と思い返しながら読んでいたら、答えが書いてあった。『福島第一原発観光地化計画』だ。 夢から醒めたように、私はその本を買わなかった。表紙の過剰なポップさに馴染めなかったのだ。この10年を振り返った本書の中…

岩波ブックレット『沖縄の基地の間違ったうわさ』『辺野古に基地はつくれない』書評|海を受け取ってしまったあとに(5・6)

辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票から、2年が経った。私は、『海をあげる』に「優しいひと」として登場する元山仁士郎氏が代表を務めたイベント「2.24音楽祭」を断片的に視聴しながら、当時、ハンスト報道の周辺に吹き上がっていた猛烈な賛否の声を前に…

高良勉『沖縄生活誌』書評|海を受け取ってしまったあとに(4)

沖縄愛にあふれ過ぎた「べき論」としての語りだったとしたら、重いなあ、と身構えていたのだが、心配ご無用。文体のマイルドさも相まって、読みやすい一冊だった。 戦後、1949年に、沖縄南部の百名・新原海岸のムラで生まれ育った著者は、自分が見て、触れて…

池宮城秀意『戦争と沖縄』書評|海を受け取ってしまったあとに(3)

私の通っていた高校には、沖縄への修学旅行がなかった。過去にはやっていたらしいが、ある時廃止にしたということだった。進学に向けて、沖縄で平和教育「なんか」している場合ではないと、教員たちは考えたのかもしれない。 たしかに、もし沖縄行きがあった…

照屋林賢・名嘉睦稔・村上有慶『沖縄のいまガイドブック』書評|海を受け取ってしまったあとに(2)

ふと、沖縄に対する自分の関心というのは、素直じゃないんだろうなあ、と思うことがある。お前、ついこの間まで、『るるぶ』的な世界にいたじゃないかと。 だからこそ、コアの部分を早く理解しなければと思う一方で、なんだか裏口入学しているような、妙な居…