1000字書評ブログ “Trash and No Star”

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高良勉『沖縄生活誌』書評|海を受け取ってしまったあとに(4)

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 沖縄愛にあふれ過ぎた「べき論」としての語りだったとしたら、重いなあ、と身構えていたのだが、心配ご無用。文体のマイルドさも相まって、読みやすい一冊だった。

 

 戦後、1949年に、沖縄南部の百名・新原海岸のムラで生まれ育った著者は、自分が見て、触れてきた沖縄を淡々と綴る。思想的には、沖縄でも主流とは言い難い「沖縄独立派」に位置する著者であるが、自身でも指摘しているように、文化的には保守的な傾向も多く、それがかえって面白い。

 旧正月にみんなで豚を「つぶす」伝統。『海をあげる』にも登場したムーチーの「鬼餅伝説」。島唄とサトウキビ刈り。不浄と浜下り。血縁共同体の象徴たる清明祭。梅雨明けとハーリー。スクガラス(アイゴの稚魚の塩辛)の紹介はちょっとした「飯テロ」だ。綱引き、エイサー。聖地巡拝。季節ごとにまとめられた沖縄は、鮮やかで奥深い。

 

 印象的なのは、やはり、基地や戦争や政治のことが必然的に登場することだ。著者の思想的な背景も影響しているのだろうが、特に、沖縄が「日本の一部へ戻る」過程でもたらされた軋轢の一面を新たに知り、考え込んでしまった。

 例えば、標準語を使うことを強制された、学校での「共通語励行運動」。規制を担保するための相互監視と方言札は『沖縄のいまガイドブック』でも語られていたが、これは教職員会が中心となった復帰運動と連動していたものだという。

 その内圧のなかで復帰を願いつつ、しかしいざ復帰する頃には、日本は帰るべき「戦争を行わない祖国」ではなくなっていた、ということは、『戦争と沖縄』にも書かれていたけれども、一方では、復帰運動に対するどこか覚めた視線を紹介していたのは、『地元を生きる』の序文だった。

 沖縄が、復帰を望んでいたことの合理性。そして、復帰を望んでいたはずの沖縄が、土壇場で復帰に反対したことの合理性。そして、それら一連の運動を遠巻きに眺める覚めた視線。この「引き裂かれた共同性」については、もっと考える時間が必要だ。

 

 さらには、労働人口を受け止めきれず、本土や南洋群島などへの出稼ぎが行われた「移民県としての沖縄」としての姿や、宮古への差別意識の問題、あるいは薩摩と琉球の間で翻弄されてきた奄美の問題にも言及されており、本書には明らかに、「沖縄の伝統的な生活を知ってもらう」こと以上の期待が込められている。

 せめて、その一部だけでも、受け取れていたらいいなと思う。 

 

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著者:高良勉
出版社:岩波書店岩波新書
初版刊行日:2005年8月19日