Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

【アメリカ黒人の歴史】

リー・ダニエルズ監督『大統領の執事の涙』映画評|公民権運動とファミリー・メロドラマ

案外、取り扱いに悩む作品である。 ゲットーの片隅で暴力に怯えながら暮らす少女が、自らの人生を選択し直す過程を描いた『プレシャス』が、徹底的に個人的な(むろん、だからこそ社会的な)映画だったのに対し、本作はまず歴史という大きな枠組みが先にあっ…

スパイク・リー監督『ゲット・オン・ザ・バス』映画評|それでもバスは進む

スパイク・リーが『ゲット・オン・ザ・バス』というタイトルの映画を撮っているのなら、それは間違いなく1960年代の「自由のための乗車運動」が題材に決まっていると思い込んでいたのだが、違った。 本作でバスに乗った男たちが目指しているのは、1995年のワ…

ヒューズ兄弟監督『ポケットいっぱいの涙』映画評|ボーン・イン・ザ・U.S.A.

アメリカで黒人として生まれることについての、映画である。勝手に副題をつけていいなら「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」にするだろう。ブルースが歌ったものとはだいぶ異なるが、ここにもアメリカの飢えきった心があり、アメリカに生まれることの耐え難い苦難…

ジョン・シングルトン監督『ボーイズン・ザ・フッド』映画評|世界から忘れられた場所で生きる

誰もが「死体探し」の青春モノとして記憶に留めるロブ・ライナー監督の『スタンド・バイ・ミー』を分かりやすく、どこかシニカルに引用しながら、「Boyz」たちの青春が幕を開ける。人が死ぬことがまったく珍しくない地域で、少年たちは遭遇した死体をどう見…

スパイク・リー監督『ドゥ・ザ・ライト・シング』映画評|何と「ファイト」すればこの憎しみ合いを止められるのか

警官に喉を押さえつけられ、意味もなく死亡した黒人男性たち。彼らは最後、「息ができない」と苦しみながら息絶えたという。SNSでBLM運動が盛り上がろうと、下火になろうと、評価・検証すべき「歴史」になろうと、そうした犠牲者は耐えることがない。 …

井上一馬『ブラック・ムービー アメリカ社会と黒人社会』書評|特集「ロング・ホット・サマー」10冊目

時代の後知恵とはいえ、本書に関しては、ジェンダー、もしくはレイシズムの観点からいくら値引きすべきかという問題がまずあるだろう。 例えば、エディ・マーフィの個性を評するのに「白人には見られない底抜けの明るさ」などという表現では個人の資質をあま…

佐藤良明監修『ラップという現象』書評|特集「ロング・ホット・サマー」9冊目

相当、アイロニカルな本だ。白人のインテリ二人組による、ヒップホップ・シーンに関するルポというかエッセイなのだが、新しい文化の只中にいる興奮よりも、白人であることの後ろめたさが勝っている。 本書の原著が出た1990年当時、いまだ現在進行形の「現象…

大和田俊之『アメリカ音楽史』書評|特集「ロング・ホット・サマー」8冊目

別のタイトルを付けるなら「アメリカ音楽神話解体」だろう。副題のとおり、基本的にはミンストレル・ショウやブルースといった100年以上も前の音楽から、1970年代生まれのヒップホップまでのアメリカ音楽史を一望する内容なのだが、裏テーマとしてあるのは、…

リロイ・ジョーンズ『ブルース・ピープル 白いアメリカ、黒い音楽』書評|特集「ロング・ホット・サマー」7冊目

私たちがブラック・ミュージックと呼ぶ音楽の「黒さ」を、音楽家の肌の色以外のものに還元しようとする時、そこには何が残るのだろうか。 本書が見出すのは、アメリカ黒人固有の経験からもたらされる「ブルース」という感覚である。「黒人の魂の深み」という…

ウェルズ恵子『魂をゆさぶる歌に出会う』書評|特集「ロング・ホット・サマー」6冊目

元々がヒップホップへの関心からスタートしているこの「ロング・ホット・サマー」特集だが、ようやく音楽がメインの本にたどり着くことができた。 大人が読む入門書としてもおなじみ「岩波ジュニア新書」からの一冊で、ヒップホップが扱われるわけではないも…

荒このみ『黒人のアメリカ』書評|特集「ロング・ホット・サマー」5冊目

この短いタイトルを見て、本書が「アメリカ黒人に関する文芸評論」だと想像できる人がどれだけいるだろう。むしろ表紙の紹介文を読んで、『アメリカ黒人の歴史』のような通史ものを期待する人もいるのではないか。今や重版されていないようだが、タイトルの…

本田創造『私は黒人奴隷だった』書評|特集「ロング・ホット・サマー」4冊目

フレデリック・ダグラス。元逃亡奴隷にして、奴隷制廃止主義を貫いた活動家の扱いは、アメリカの黒人解放史を通史的に追うような本の中でも決して大きくはない。 事実、パップ・ンディアイの『創元社本』では、「南部の白人や、無関心を決めこむ北部の白人に…

パップ・ンディアイ『アメリカ黒人の歴史』書評|特集「ロング・ホット・サマー」3冊目

自由と平和への長い道のり――副題にはそうある。だが、果たして自由や平和が、アメリカ黒人の手に収められたことがあったのだろうか。それが指の隙間からこぼれ落ちることも、どこかへ思わせぶりに飛び立って行ってしまうこともなく? 監修者による序文には、…

『アメリカ黒人の歴史(岩波新書、中公新書)』読み比べ|特集「ロング・ホット・サマー」1冊目・2冊目

その昔、「曲がりなりにもヒップホップを聞こうとしているならこれくらい読んでおいた方がいいよ」と指定されたのが、本田創造『アメリカ黒人の歴史』(以下、『本田本』)だった。 今となればその理由がよく分かる。ヒップホップとは、ニューヨークの荒廃し…