書き出しから、著者の悩みは深い。1週間の野宿を含むハードな調査を覚悟する一方で、「研究という目的がある限り、しょせんは彼女たちを自分の調査の道具にしようとしているにすぎない」という思いが、著者を迷わせていた。
その迷いを反映するように、本書は参与観察や聞き取りの成果を簡単には開示しない。「女性ホームレスのエスノグラフィに向けて」と題した第1章で理論的な課題を確認した後、把握しうる限りの統計的な実態や、貧困女性を取り巻くこの国の福祉制度を丁寧に概観していく。
2002年に制定された通称『ホームレス自立支援法』は、「自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者」を自立させることを目的としている。
野宿者が減るのであれば、どのような法でも現実的な妥協として歓迎してもよい、そういう考え方だってあるはずだ。
しかし、この短い法律の中で24回も繰り返される「自立」という言葉。そしてそれを自分の「意思」で選択すべきだという法の建付けの前で、著者は立ち止まる。
現にここに存在し、生きているホームレスの女性たち。彼女たちは、先行研究がしばしば理想化してきたように、ホームレスであることで社会への「抵抗」を行っているのだろうか。あるいは、家父長制にとって「望ましい女性像を体現する」ことを拒否しているのだろうか。合理的に、主体的に、一貫して決断しながら?
そうではないはずだと、著者は言っている。そこに選択の主体性を見い出そうとすればするほどに排除されてしまう人たちの声を、「生の個別性」を、著者はこの労作に託している。
当事者の声が紹介され始めるのは、118ページになってから。女性であり、ホームレスである彼女たちは、しばしば精神障害や知的障害も抱えており、中には読み書きがうまくできない人もいる。路上に出てきて初めて他者との関係を作ることのできたような人もいて、女性らの「選択」は自立したいか/したくないかの二択ではない。彼女らは揺らいでいて、迷っていて、時に流されている。
支援法を書いた人たちにとって、それは理解しがたい不合理だろう。でも、「そういう合理性もある」ということを、まずはそのまま受け入れること。ホームレス問題の解消のために、ではなく、まずは私たちの、不確かな選択の重なりの上にあるこの「生」を、少しでも肯定するために。本書が示す「最初の一歩」は、そこから始まる。
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著者:丸山里美
出版社:世界思想社
初版刊行日:2013年3月31日
※中古価格の高騰につき、図書館での貸し出し資料に基づく評であることを最後に申し添えます。岩波現代文庫あたりからのリイシューを望みます。