Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

筒井淳也『仕事と家族』『結婚と家族のこれから』書評|100分deフェミニズム、(自分にとっての)その後

 4人の識者がそれぞれの「フェミニズム本」を持ち寄り、フェミニズムが今日まで何と闘ってきたのかを語り合うNHKの特別番組「100分deフェミニズム」を見て、では自分の持ち場はどこだろうかと考えたところ、ひとまずそれは「家族」だろう、ということになった。

 自らも構成員として深く埋め込まれている「家族」というものについて、対象化し、ジェンダーの問題意識も踏まえて改めて考える。そこでまず思い出したのが、家族社会学の専門家による『仕事と家族』だった。副題にあるとおり、「日本はなぜ働きづらく、なぜ産みにくいのか」を歴史や他国との比較の中で考察した、現代日本の診断書とも言える一冊だ。

 

 結論だけを述べるなら、諸悪の根源は、日本社会が「サラリーマン」に求める働き方が、非人道的な長時間労働や実質無制限の転勤命令など、「主婦(母親・妻)のいる男性」だけが適応できる働き方だったことである。

 こうした「正社員的コミット」を解体し、男も女も「半身で関わる」というのが、上野千鶴子が発言し、「100分deフェミニズム」でも一定の支持を集めた落としどころであった。私も納得したし、そうした問題意識は本書にもある。

 

 だが、本書の姉妹作とも言える『結婚と家族のこれから』のあとがきでひとりのフェミニストを控えめながらも批判しているとおり、著者の主張はジェンダー平等の観点から「のみ」なされているわけではない。

 それはそれで前提にしながらも、この二冊、特に『仕事と家族』のより大きな問題意識としてあるのは、「日本社会を維持していくこと」であろう。少なくとも数年ぶりに再読した今回は、そこに意識がいった。

 男性も女性も経済的に困窮せず、結婚したい人は結婚でき、別に結婚しなくていい人は誰からも責められず、出産を望むのならそれを叶えられ、結果として労働人口も確保されるような社会。それが著者の思い描く理想の社会である。

 

 では、どうしたらいいのか。こうした時によく議論されるのが「大きな政府か小さな政府か」という二項対立であるが、ここにこそ「罠」があると著者は『仕事と家族』において繰り返し指摘している。「大きな政府」で知られる北欧も、「小さな政府」の代表たるアメリカも、少なくとも女性労働出生率という点では成功しているからだ。

 政府の大きさではなく、女性の労働、つまりは夫婦の「共働き」を何が支えているのか。ジェンダー問題として「男の意識の問題」だけに帰結させるのではなく、その根拠となる構造や制度をひとつひとつ検討し、選り分けていくしかない。『仕事と家族』は統計的見地も交え、それを代行してくれる。

 日本では、パートナーと一緒に生活することが合理的ではないと考える人が多いという。女性の高学歴化と労働参加によって、男も女も一応は経済的に自立できるようになったことがポイントだろう。その時、女性にとって退職や休職が必要になる日本型の出産や育児は「リスク」でしかないのである。

 さらに言えば、日本社会の福祉が「企業と家族」に依存していることも見逃せない。近代化によって「働く場所」と「暮らす場所」が分離することは、家族が地域共同体から剥がれていくことだと理解したが、それは「家族をセイフティ・ネットとせざるを得ないような社会」であり、要するに家族というものはより「重く」なったのである。

 

 このように、「家族自体がもはやリスクである」というところまで踏み込んでいるのが『結婚と家族のこれから』である。一冊の本としては、同じような説明が多くこれで250ページはやや冗長に感じるが、問いの立て方は『仕事と家族』よりもラディカルだ。

 もちろん、「近代家族」の成り立ちを追う中で、私たちが当然と思っている家族像を相対化してくれる側面もある。歴史的にたまたま今こうなっているに過ぎない出生中心の「近代家族」が、賃金低下や労働人口不足に適応するためにとりあえず「共働き家族」へとマイナーチェンジし、不完全な制度の中でもがいているのが現代日本である。

 しかも厄介なことに、身分制を廃して自由恋愛が中心となり、カップリングという点で社会は流動化したはずなのに、階層の固定化(要するに「似た者同士」での結婚)がかえって進んでいるという。加えて、アメリカなどのように、上位階層の間で「ケアの外部化」が進んだとしても、それは移民労働者の搾取として批判され得る。

 

 ここまで来てしまうと、正直どうしたらいいのか分からないが、本書においても何か決定的な処方箋が出るわけではない。「車を運転しながら修理することはできない」といった趣旨のことを、著者は別の本の中で書いているが、まさにそういうことなんだと思う。

 必要なのは異次元の少子化対策以前の合意、やや大胆に言えば、「日本社会を維持していくこと」の合理性がどこまで自明かに関する社会的な合意ではないだろうか。

 

******

(写真左)
著者:筒井 淳也
出版社:中央公論新社中公新書
初版刊行日:2015年5月25日

 

(写真右)
著者:筒井 淳也
出版社:光文社[光文社新書
初版刊行日:2016年6月20日