The Bookend

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目取真俊『魂魄の道』書評|誰とも共有できない「罪の手ざわり」を抱えながら

 買ったはいいものの、読むのが恐ろしくて、しばらく触れることができなかった。それが目取真俊という作家である。

 

 本書には「沖縄戦の記憶」をめぐる短編が5つ、発表順に並んでいるのだが、もっとも古い表題作「魂魄の道」は2014年初出となっている。2014年といえば、著者がカヌーチーム「辺野古ぶるー」に参加し始めた年である*1

 つまりこの期間、著者の時間やエネルギーの多くは、辺野古新基地の建設阻止運動に注がれていたはずだ。それがもたらす、執筆への時間的、体力的な制約。そういったものが作品に良い影響を与えているとは限らない。題材の重さに加えて、そんな不安があった。

 

 だが、沖縄戦にまつわる記憶—―それはもはや「秘密」と呼ぶべきなのだが——を抱えたまま生きる人々の息苦しさに酸素を奪われながら、引きずられるようにして5編を一気に読み終えたとき、そんな不安がいかに的外れであったかを思い知った。

 確かに、辺野古ゲート前抗議行動をはじめ、著者の現実社会での経験が、本書にもダイレクトに反映されてはいる。新型コロナウイルスもある。だが、それは「沖縄戦」という、より大きな背景の中のほんの一部でしかないのだ。

 先走って要約すれば、著者がここでやっているのは、「沖縄戦の経験」の中でも周辺的な、「語られることもなければ記録されることもなく、体験者の死とともに消えていった膨大な戦争の記憶」の再現と継承である。

 

 Wikipediaでは誤って小説に分類されている評論集『ヤンバルの深き森と海より』にも、沖縄戦をめぐる論考が少なからず収録されていた。改めて読んでみると、本作と連動している内容も多いことに気付く。

 そもそもの話をすれば、先に取り上げた「ひめゆり学徒隊」に代表されるように、沖縄戦をめぐる語りの中心地は沖縄本島の南部である。比較的戦闘が少なかったとされる沖縄北部で弟を(誰かの攻撃ではなく)事故で亡くす少女の物語「闘魚」などは、沖縄戦の経験が、そしてその痛みが、いかに多様であったかを想像させる。

 

 「南部/北部」の対比だけではない。「被害/加害」の問い直しも本書の大きなテーマとなっている。

 例えば、沖縄戦生存者の語りで、「米軍よりも日本軍の方が恐ろしかった」という趣旨の発言はしばしば聞かれるが、本書でもそうした「日本軍の恐ろしさ」をストレートに描き、後年、スパイ容疑で父親を処刑した将校と因縁の再会を果たす男を描いた「神ウナギ」のような作品がある一方で、米軍に協力的ということで級友の父親を日本兵に売ったスパイ気取りの少年を描いた「斥候」があることに驚かされた。ここでは、沖縄戦をめぐる被害と加害のパースペクティブは意図的に撹乱されているのだ。

 被弾しながらも死にきれなかった親子にとどめを刺して「あげた」男や、沖縄戦での日本軍と同じかそれ以上のことを中国で「してきた」沖縄の男たちの描写もそうだ。「加害」の立場にあったのは、必ずしも米軍や日本軍だけではなかった、という苦渋の突き上げがなされている。さらりと描かれる「慰安所」の存在は、きっと誰にとっても都合の悪いものだろう。

 ここには、「すでに浸透した沖縄戦の語り」から遠ざかることこそが、「沖縄戦沖縄戦のまま記憶し、記録すること」につながるのだ、という逆説がある。それはつまり、「被害」の側でもくすぶり続けていた「罪の手ざわり」を引き受けることであり、こういった構図を持ち込むこと自体、簡単な決断ではなかったことと思う。

 

 だが、誰にも打ち明けられず、誰とも共有できない痛みが確かに存在した、ということ。そしてその痛みを、あるいは「罪の手ざわり」を人知れず抱えたまま、沈黙の彼方へと消えていった者たちが眠る土地で、誰かの人生が今日も続いていて、巨大な新基地建設が今日も続いている、ということ。

 新崎盛暉は、「歴史的体験は、現実の課題を通して、はじめて社会全体に共有される」と述べた。「それが戦争体験の風化現象を押し戻す」のだと*2

 現実の課題—―。著者にとってはまさしく、それが沖縄差別であり、オスプレイであり、大浦湾の埋め立てなのだと思う。それらはすべて「沖縄戦」という思想的な拠点、継承すべき大きな記憶とつながっていて、そこを見つめる著者の姿勢は一貫している。これらの短編が2014年から2022年という期間に書かれ、または発表された必然性がそこにある。

 

 自分がもっとも考えさせられたのは、著者がかつて披露した「最低の方法」による復讐が、ある作品の中で最後まで決行されないことだ。あとに残るのは、巨大な徒労。著者が経験してきた現実がそこに投影されている、と読んだら単純すぎるだろうか。

 とにかく、全編に痛みが満ちている。何の罪もない人々がどうしてこれほど長い間、これほど深く傷つけられなくてはならないのか。これが「沖縄のこころ」だと言っているようだ。

 

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著者:目取真俊
出版社:影書房
初版刊行日:2023年2月7日

*1:目取真俊『ヤンバルの深き森と海より』p.305

*2:新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』p.135