1000字書評ブログ “Trash and No Star”

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新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』書評|海を受け取ってしまったあとに(1)

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 タイトルのとおり、ここには大きな問いかけがある。私は、正直に言って、本書を読み終えた今でもなお、この問いにハッキリと答えられる自信はない。知識というより、資格という点で。厳しい本だが、受け取れるものは多い。

 

 著者はここで、戦後の70年、1945年から2015年にかけての現代史を、沖縄から見た「被害と抵抗の歴史」として描いている。辺野古新基地の建設問題は、その総括だ。

 著者の立場は明確である。沖縄は、差別されている。日本に、そしてアメリカに。それは歴史的な差別であり、構造的な差別である。これはなんとなく分かっていたことではあるし、ある種の言い方をするなら、とても「ベタな」語りなのだろう。だが、この「ベタさ」が必然性しか持っていないことを知り、それ自体が、差別の深刻さの表れなのだと知った。

 実際、これはイデオロギー以前の問題だと言うほかない。差別の根底には、もっと露骨な、物理的な暴力が根を張っているのだから。1950年代における土地の強制接収から、辺野古における工事強行から抗議者の排除まで、それは脈々と続いているのだから。日米両国で、リベラル勢力が政権を奪おうと、沖縄の人々がどれほど多く集い、何度抗議しようとも。

 

 また、本書で初めて知り、衝撃を受けたのは、地元政治家たちが演じてきた度重なる翻意の実態である。

 人々の抵抗の意思表示を受け、一時的には民意を完全に反映したかに見えた国会議員や、市長や、知事が、突如として態度を変え、別人のようになってしまう。私にそれを裏切りと呼ぶ権利はないが、かと言ってそれ以外の呼び方も分からない。間接民主制の限界と言えばそれまでかもしれないが、この絶望は想像するに余りある。

 そして、この裏で仕込まれる政府の戦略は、あまりに狡猾だ。基地問題を振興開発問題へとすり替え、揺さぶり、「所詮はカネで動く沖縄」を演出する一方、「辺野古がもたもたしていると普天間の人たちに迷惑がかかる」みたいな論理で不当な対立構造を偽装する。結果として、本土の人々の反感を沖縄に向けさせた。2013年、東京、オスプレイ配備の抗議パレードに対して行われたというヘイト・スピーチは、その極たるものだろう。

 

 問題山積の中、著者は2018年3月、肺炎で亡くなっている。そしてその年の12月14日、辺野古への土砂投入が開始された。おそらく、沖縄の人々に、何かを祈って待つ時間はもうない。  

 

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著者:新崎盛暉
出版社:岩波書店岩波新書
初版刊行日:2016年1月20日