夭逝したフィールドワーカー・打越正行氏の追悼イベント、「打越正行を追悼しない」を配信で視聴した。1月28日の夜だ。出演は、『地元を生きる』メンバーのお三方。死ぬほど笑った。愛に満ちた時間だった。愛はきっと、どこか生活から離れた場所で高尚に語られるものではなく、常にそこかしこで通俗的に実践されるものなのだということがよくわかった。それはきっと、打越さんの生き様そのものだったのだと思う。
わざわざここに書き起こすようなことではないかもしれないが、沖縄でのフィールドワークが軌道に乗る前、突如として上間宅に転がり込み、風呂上がりに冷蔵庫からプレモルを出して勝手に飲んでいたというエピソードに笑い転げた。しかもそれを飲み干したかと思えば、「寝室どこですかねえ」と。その他、ちょっとここにはタイピングできないような話もたくさんあった。愛と笑いの夜だった。
これもわざわざ詳しくは書かないが、実は、二冊目の単著が準備されていたのだという。それは出版を目指して引き取られたとのこと。続報を待ちたい。
というわけで、編集後記ならぬ「更新後記」的なものを今年から始めてみようと思います。日記を上手に書ける気はしないので、その月に接した本、音楽、映画などの備忘録として、月末にがーっと書いてアップしていく予定です。皆さま、今年もよろしくお願いいたします。
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BOOK
2024年の年間ベスト本を選ぼうと思って記事を見返していたら、昨年は書評の数が少なかったことに気付く。このブログでは原則、読んだ本は全部書評するようにしているので、単純に読めていなかったということ。昨年は子どもの入院やら何やらいろいろあり、気力体力が削られる日々ではあったものの、さすがにちょっと反省しました。いや、別に反省することではないのかもしれないですが。けっこう映画に気を取られていたのかも。
そんな中、年末に読んだ『調査する人生』は、いろいろタイムリーで、自分の中で何かがバチっとはまった感じがありました。感想は記事に書いたとおりですが、岸政彦という社会学者の本をずっと追いかけている理由がようやく言語化できるレベルでわかってきたというか。昨年中に読めた新刊の数がこれも含めて3冊だったこともあり、あえては発表しませんでしたが、ブック・オブ・ザ・イヤー2024を選ぶなら迷うことなくこの一冊です。
他者を理解すること(しようとすること)は、いったいどういうことなのか。答えを一緒に考えたい人、あるいは問いをさらに深めたい人、これは是非読んでください。岩波だろうと新潮社だろうと、表紙のセンスがぶれないところもカッコいい。
◎岸 政彦・北田 暁大・筒井 淳也・稲葉 振一郎『社会学はどこから来てどこへ行くのか』(有斐閣、2018年)
そのバチっときた勢いそのままに読んだのがこちら、通称『社会学どこどこ』です。2段組み・本文361ページの厚さの中に専門用語出まくりな内容で、長らく積読状態(諦めて手放す寸前)だったのですが、今回は不思議とするするするーっと読めてしまいました。社会学関係の語彙が増えたわけではないので、自分の関心を軸に「とりあえず読み進める」ことを優先した結果かなと思いますが、めちゃくちゃ面白かったし、読み終えたことの物理的な達成感もすごい。
正直、多くの人に気軽に推せるかというとやはり読むのが難しい本ではあると思うのですが、もう買ってしまって積読まで来ている人にとっては、あとはタイミングの問題かと思います。要約しながら評しつつ、評しながら要約していたらめちゃくちゃ長文になってしまったのですが、Twitterで反応をいただいたり、いろいろと学びがありました。
かなり集中して読む必要があり、かつ、書評を丁寧に書きたくなるタイプの本が続いたので、「ちょっと村上春樹の文体で身体を軽くするかなあ」くらいの気持ちで手に取り、そのまま一晩で読み切ってしまったのがこちら。昨年も年始に読んでいるので、一年のはじめに文体を一度リセットするような感覚で今後も繰り返し読んでいくのかも。
ここに綴られた文章を素朴に自由と呼んでいいのかは議論があるかもしれないですが、少なくとも自分のそれよりははるかに自由だなと(当たり前だけど)。文体を真似できたとしても、この自由を真似できなければ意味がないんだろうな。あえてすかしたレビューにしましたが、最後の方の、「僕」が一人で思い出の場所を歩く場面ではしっかり泣いています。
◎ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(河出書房新社、2018年)
そして、なんといってもハン・ガン。ノーベル文学賞受賞の報せとともに、書店に残っている限りの作品を確保していたものの、結果、最初に読んだのは在庫が復活してから購入したこちらの一冊。韓国文学というと、件の「文藝」特集、『韓国・フェミニズム・日本』のタイトルの印象が強くて、フェミニズム文脈が強いのかな?という先入観を持っていたのですが、これを読んで認識を完全に改めました。
詩集でもあり、私小説でもあり、エッセイ的でもあり、そして、映画的でもある。翻訳も美しく、没入がすごかった。なるべく形式面の言及に努めてみたのでレビューの熱量がわかりにくいかもしれませんが、普通に「私を構成する9冊」的なあれに入るレベルの読書体験でした。仮定形の私の生を、姉の、あるいは自分の死とともに受け入れていく過程の苦しさ。そして美しさ。生きていかなきゃね。
MUSIC
新作、旧作問わず、今月よく聴いていたアルバムやプレイリストを5つほどピックアップ。基本はCity Popを聴いていたような気がしますが、年末に発表された海外メディアの年間ベストをいろいろ探りつつ、ニューリリース情報も追える範囲で追っていました。
◎Vanessa Amara: café LIFE
今月はなんといってもこれ。夜、何の事前情報もなく聴き始めたら、いきなりalbum of the yearすぎてまったく眠れなくなってしまった。タイトルやジャケからは想像もつかない、かなりぶっ飛んだ世界(なのに、ずっと浸っていられる)。なんて呼ぶんだろうなこれは。Bandcampに打たれたタグは「ambient」と「modern」のみだけど、メタルからハイパー・ポップまで自由自在。ほとんどサンプリングなのか、とにかく欲しい時に欲しい音がピタッと入ってくる感じ。デザイン性がすごい。デンマークはコペンハーゲンから。
◎jasmine.4.t: You Are The Morning
インディー・ロック系でいうとこれをよく聴いた。Antony & the Johnsons、Sufjan Stevensからboygeniusまで、王道の音がきちっと鳴っている(チームboygeniusの面々も参加しているらしい)。それでいて、全体とするとシンプルに「ロック」で行けそうなカラッとした感じがいい。最近、こういう「別に普通に90年代でいいよね」みたいなバンド・サウンドが流行っている気がする。USと見せかけて、イングランドはマンチェスターから。
◎Spotify's Playlist: City Pop '00s
Spotifyはやってないのでこれそのものを聴いたわけではないですが、岸先生の影響でキリンジ再評価の熱が突如として噴火したTwitterの影響で、クラシックCity Popではなく、90年代後半以降のCity Popをダラダラ聴いておりました。小さい子どもがいるリビングとかでも流せるので、そういうご家庭にもおすすめです。関連のガイドブックでもそんなに取り上げられていない年代で、こういうリストはいくらあっても困らない。有識者の皆さま、よろしくお願いします。(比屋定篤子さんは、いつかこのブログでもきちんと取り上げたいと思っています。)
◎LE SSERAFIM: “CRAZY”
紅白をぼーっと見ていたら、この曲でひっくり返った。バッキバキのエレクトロ、ハイパー・ポップ。ややトレンドではなくなりつつあるような気がするものの、今どきの正解サウンドの最良のサンプルという印象です。こういうのがあるから、メインストリームもなかなか無視できない。歌詞もすごい。
◎HOME: “Still Dreaming”
いま、このバンドに着実にハマりつつある。沖縄からのロマンティック・New Order・サウンド。いつかの、沖縄ラップ勢が表紙を飾った雑誌『Ollie』で唾奇が言及していたHOMEだ。音源はその時から聴いていたけど、先日の、Music Lane Festival Okinawa 2025でのライブ配信を観れたのも大きかった。人生にはアンセムが必要だし、アンセムは鳴った瞬間にそれとわかるから不思議だ。この曲は彼らが次のステージに進むための通行証になるでしょうね。
MOVIE
今年は月に1本は映画館で観ることを目標にしているので、ここで進捗管理をしていきたいと思います。リストはおおむね観た順。
◎『タンジェリン』(ショーン・ベイカー監督、本国2015年)
◎『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(ショーン・ベイカー監督、本国2017年)
劇場鑑賞が内定している『アノーラ』に向けて、ショーン・ベイカー監督の代表作を観直す。都市の下層部と言っていいのか、社会の周辺部と言っていいのか、そこで生きる人々の視点を借りて、だがそれを消費することは自制しつつ、かと言って抵抗だ何だとロマンティックに騙ってしまうこともなく、できる限り淡々と描いているところに好感が持てる。『フロリダ・プロジェクト』での、モーテルの管理人が日が沈む中で最上階に佇む場面が好きだな。
今月の劇場鑑賞作はこちらになりました。子どもと行ったわけですが、これは正直微妙でしたね。『1』は傑作と呼べるレベルだったと思いますが、本気を出し切らない、続編のための続編という感じでゲンナリ。ああ、資本主義に負けてしまった。
◎『ボーイ・ミーツ・ガール』(レオス・カラックス監督、本国1984年)
◎『ポンヌフの恋人』(レオス・カラックス監督、本国1991年)
ふとレオス・カラックスをどうしても観たくなり、俗に言う「アレックス三部作」を鑑賞。どれを見てどれを見てないのか、よくわからなくなってしまったので全部見ました。処女作らしいインスピレーションに満ちた『ボーイ・ミーツ・ガール』、そこから一気にギャング映画めいた娯楽要素(と妄想的な純愛要素)が加わった、バイクの疾走場面が素晴らしい『汚れた血』、純愛純愛というが、ほとんど暴力的に関係を維持するエンディングのあり方が気に入らない、だがそれ以外は歴史的な傑作『ポンヌフの恋人』と、いずれも素晴らしい内容。
実は古本で積んであったインタビュー集みたいな本もこつこつ読んでいるのでそのうち紹介できるかと思います(『ポンヌフの恋人』が上映までたどり着けたのは奇跡以外のなにものでもないことがわかる)。しかし、確実に見てない『ポーラX』、DVDも中古しかないみたいだし、いま正規に見る方法って割と限られてるんだろうか。
◎『関心領域』(ジョナサン・グレイザー監督、本国2023年)
すごかった。Twitterにも書いたけど、これは劇場で観なければダメだった。あえて避けていた田野先生の映画解説もこれで読めるようになったし、映画そのものもブログで取り上げる予定です。そして勢いそのままに『〈悪の凡庸さ〉を問い直す』も購入。いろいろ同時並行になってしまうけど、こちらも読んでいます。こういう言い方すると権威主義的になってしまうのだけど、やはり「見るべき映画」というのはあるのだな、と久しぶりに思いました。