Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽のレビューブログ。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

2025年 3月のこと、4月のこと - Monthly Report

 マンスリーレポート、いろいろ忙しくて3月分の更新ができなかったなあと思い、ひとまず2月分の更新を見返すと、「いろいろと忙殺されていて、2月の記憶があんまりない」などと書いてある。デジャブだろうか。しかも、「3月はもうちょっとマシになるかな?」って、いったい何の根拠があって書いたのだろう。結果、待っていたのは非情な期末なのであった(完)。

 というわけで、今回も前口上は特になし。覚えている限りで、その月に接した本、音楽、映画などをまとめていきます。5月はもうちょっとマシになるかな?

 

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BOOK

◎石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書、2015年)

というわけで、先月に引き続き、ナチス・ドイツに関する本をひたすら読んでおりました。そこまで興味ないよ~という方もいるかもしれませんが、やはりここは避けて通れないなと、例えばこの本を読んで痛感しました。

本書が描く、ヒトラーとナチ党による権力掌握の過程は悪夢のようで、それは国家の乗っ取りというより「国家の破壊」と呼ぶ方がはるかに近いなと。まさに「21世紀を生きる私たちが一度は見つめるべき歴史的事象」であり、もしかしてナチス肯定できるんじゃね?みたいな発想に行くのは相当難しいことが、この一冊を読んだだけでもよくわかります。

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』の巻末ブックガイドで、「ヒトラーやナチ体制について知りたい場合、最初に読むべき文献」と紹介されていたのも納得の名著。必読!

 

◎中谷剛『ホロコーストを次世代に伝える』(岩波ブックレット、2007年)

いつか、一定の冊数を読み終えた時にもうちょっと体系的に整理してみたいと思っているのですが、ナチズムやホロコーストの概説書は、大きく分けて、①第一次世界大戦あたりから第二次世界大戦まであたりを描く通史ものと、②ホロコーストの実態にある程度特化したものと、③ドイツの「戦後」にフォーカスしたものとがあると思います。

本書は言うまでもなく③で、アウシュビッツ=ビルケナウ博物館における日本人初の(そしておそらくは今も唯一の)公認ガイドとして、歴史の継承という課題に「二重の部外者」として真摯に向き合っている著者の、その挑戦の記録とレポートです。ひめゆりの視察団との出会いも興味深く、歴史を学ぶこととは、何かを覚えたり、聞いたり、忘れないでいたりするのと同じくらい、民主主義を守るための絶え間ない「実践」であるべきなのだなと気付かされます。

 

◎ウルリヒ・ヘルベルト『第三帝国 ある独裁の歴史』(角川新書、2021年)

ドイツにおけるナチズム研究の第一人者による一冊で、原書の「ヴィッセン叢書」シリーズも、日本で言うと新書のような入門書ということです。訳文がややこなれないものの、余裕があれば読んでおいて間違いないかと。

特に、ナチ党による権力掌握の過程よりも、第二次世界大戦周辺の描写に7割近くを割いた本書が描いていくのは、ホロコーストに限らない、ナチス・ドイツがなした戦時下における殺戮の数々です。それは想像を絶していて、「第二次世界大戦中のドイツによる絶滅政策の全体像を、正確に見通すことは依然として不可能である」という言葉があまりにも重く響きます。

 

◎リチャード・ベッセル『ナチスの戦争 1918-1949』(中公新書、2015年)

読後の衝撃がすごく、普段はあまりやらないのだけど、Twitterに感想をぱっと書き込んだら、たくさんの人に共有いただいて、最後は3.2万ビューくらいになりました。以下、そのままコピペしておきます。必読中の必読だと、あえて強調しておきます。

リチャード・ベッセルの『ナチスの戦争1918-1949』(中公新書)、すごい本だった。これまで読んだ他の新書とは前提がぜんぜん違うというか、激烈なる批判として書かれているというか。「ナチスは良いこともしたのか」という疑問が割り込む隙など1ミリもない。戦後の国民意識にも食い下がっている。素人ながらに数冊読んだ限りでは、石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)を最初に読んで、二冊目がこれだとぐっと深いところに入っていける感じかもしれない。訳文も洗練されている。

 

MUSIC

新作、旧作問わず、その月によく聴いていたアルバムやプレイリストを5つほどピックアップ。2月の時点で期待が高まりまくっていたDestroyerの『Dan's Boogie』や、Lucy Dacusの『Forever Is A Feeling』が個人的にそこまでハマらなかったので、逆にというか、なんとなくヒップホップの気分が来ていました。

 

Goya Gumbani: Warlord of the Weejuns

ジャジー&スモーキー。3月はとにかくこれをよく聴いた。単純に疲れた身体に刺さっただけかもしれないけど、とにかく心地よかった。この45分間にただ身を委ねることの幸福があった。自分の理解では、ネオソウル自体がジャジー・ヒップホップを内包していたはずだけど、そこをもう一回、ジャジー・ヒップホップからネオソウルを丸ごと包みに行ったような逸品だなと。

NY出身で現在はサウス・ロンドンを拠点にしているということで、音楽的にもその地域性のブレンドと理解するのが一般的なようだけど、一つ余計なことを言えば、こういう音って、「ヒップホップ界のMOR」になってしまう可能性が常につきまとっているよなあ、と。でもまあ、実際に疲れ果てた身体でそんな批評的な線引きをできるかというと、そうではなく。「すごい音楽」を探すのも楽しいけど、こういう音に無理して抗わなくてもいいんじゃないかと思う今日この頃です。

(参考)Ghostly International - Goya Gumbani

 

Silas Short: LUSHLAND

そして4月はこれ。シカゴのシンガー&プロデューサーで、またしてもネオソウルとジャジー・ヒップホップのメロウな融合だ。よっぽど疲れているのか、世間で流行っているのか、それともたまたま何かの気分なのか。上と同じく、ともすればMORになりそうなところをうまく回避しながら、どこまでもソウルフルに仕上げている。

いかにもStones Throwと言えばそうなんだけど、んなこと言っても気持ちいいものは仕方がない。しかもメロウ一辺倒というわけでもなく、時に驚くほどファンキーで、時にベースが驚くほど太い存在感を見せている。これまた安易な連想だけど、Knxwledgeと組んだ時のAnderson .Paakを少しだけ思い出させる、かも?

(参考)Silas Short - LUSHLAND | Stones Throw Records

 

◎Saba / No I.D.: From the Private Collection of Saba and No ID

ヒップホップ気分が戻っていたこの2ヵ月における個人的なベスト・アルバムは、多分これかなと。新旧シカゴ勢による、いわばど真ん中ストレート。とんがり感はまったくないけど、しっくり感がすごい。シカゴは当分これで大丈夫って感じ。「2025年、本拠地ジャンルに関係なくみんなが聴いてるヒップホップ・アルバム」になるんじゃないでしょうか。

あまりにも良いので、Sabaの名前を見るとふと思い出してしまうあの男・Chance the Rapperからも、こういう安定の一球みたいなやつ来ないかなあと、ついつい余計なことを考えてしまいました。が、それはいったん措いておきましょう。お好きなサブスクからどうぞ。

 

◎HAIM: “Relationships”

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6月20日にリリースされる5年ぶり(!)の新作アルバム、『I Quit』からの先行公開曲の一つ。他の公開曲を聴く限り、この水準でアルバム全体が仕上がることはなさそうだけど、いわゆる普通のロックではなく、ループ・ミュージック的というか、自分の乏しい知識の中ではThe Avalanchesあたりを思わせるトラック・メイクでもあり、そこに相変わらずの、心地よいメジャー志向が素晴らしい歌を乗せています。好きだ!

 

◎Yetsuby: “FLY”

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どんな人が作っているのか、ぜんぜん知らないし、なぜか調べもしなかった。AIがエレクトロニック音楽の膨大なアーカイブから、「チル」とかそういうありがちなコードで勝手に吐き出しているんだと言われれば、うっかり信じてしまうかもしれない、そういう曲、そういうアルバムに聴こえる。ただ、この曲だけは別格だった。ただただエモくて、エモさだけがあって、ひたすらに最高。だたそれだけ。

 

◎Addison Rae: “Headphones On”

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2025年のアンセム確定。6月6日にリリース予定のアルバム『Addison』のラスト・トラックのようです。生意気を言いますが、メインストリーム・ポップでこれ以上はちょっと望めないのではないでしょうか。本業は歌手というよりインフルエンサーということで、何者なのか全然知らないけど、こういうすごい人がちゃんと次から次へと出てくるアメリカの音楽業界、いったいどうなってるんだ。

 

◎唾奇 / Kohjiya: “PAGE ONE”

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第一印象で言えば、みんなが待っていた、少なくとも「自分が待ってた唾奇」って感じがしてすごい好きだ。成功がゆえに、いろいろ雑音が多い環境なんだろうけど、いったん自分の、本来のスタイルに戻ろうという意思をすごい感じる。だらだら繰り返さず、バース・コーラス、バース・コーラスの2回でパッと終わるのもいい。ソウルフルなアウトロも◎。名曲!

 

MOVIE

月に1本は映画館で観る、という目標はすでに完全に消失しました。もうダメです。やっぱり、いまの生活だと「(移動も含めて)3時間くらいの個人行動時間をコンスタントに確保する」というのは、相当ハードル高いということがよくわかりました。家でもほとんど鑑賞できず、ちょっとどうしたもんかと考えています。

 

◎『レ・ミゼラブル』(トム・フーパー監督、本国2012年)

家族の趣味で鑑賞。メジャーものこそ避けてしまうという、ひねくれ屋なところがこれでちょっと矯正できた気が。とにかく、「『レ・ミゼラブル』を観たことがある世界」に来れてホッとしています。

 

◎『NOPE/ノープ』(ジョーダン・ピール監督、本国2022年)

先月観た『ボーはおそれている』(アリ・アスター監督)の流れというか、「2020年代の見逃していた話題作を観てみよう」という流れで観た一作。西部と馬、という記号や、デジタルに対するアナログの優位、みたいな構図とか、極めつけは映画史への自己言及、みたいなところが正直に言えばちょっと苦手でしたが、ジョーダン・ピールはちゃんと追っていないとダメだな、と思わせる突き抜けた作品ではあると思います。