スコット・フィッツジェラルドは、44年というその短い生涯で、160もの短編を残したと言われている(Wikipediaでそのリストを眺めることができる)。 荒地出版社から1981年に出ている3部作――わが国最初の年代別作品集とう触れ込みである――の第1巻『ジャズ・エ…
(画像は公式Twitterから転載) モスクワから、世界の果てのような北部の街・ムルマンスクへと向かう寝台列車で、一組の男女が相席となる。 男から見れば、女は、かわいいけど不愛想。イヤホンで音楽を聴いたり、窓の外に向かってビデオカメラを回したりする…
二人の男が、「ゴドー」なる人物を待っている。一本の木の前で、土曜日に待ち合わせ、という約束になっていた。しかし、ゴドーは一向に現れない。いつまで待ってもやってこない。 次第に二人は、昨日もここに来て、こうして同じように待っていたような気がし…
近代戯曲とは言え、100年以上も残っているチェーホフの古典を素朴に読んで、素朴な感想をインターネットで書き記すことに、いかなる意味があろうとも思わない。すでに莫大な量の研究、評論が存在しているはずであり、書評と称するからには、まずはそれらの基…
(画像は公式Twitterから転載) きっとこれは繰り返されることになるのだろう、思わずそう確信する冒頭のショットにぼんやりと見入る。事実、夜の街灯に群がる白い蛾のような雪は、やがて閉鎖が決まったボクシングジムに溜まった埃となって再び宙を舞うだろ…
「この程度のもので文学と思ってもらっては困る」。著者のデビュー作『風の歌を聴け』を評して、ある高名な文芸批評家が放った言葉だそうだ。それが誰だったのかはあまり興味もないので調べていないが、ともかく著者は、その酷評にまったく反撥も感じず、腹…
ここまで正直に、自分を開くことができるものなのか。著者は、もしかしたら読者に笑ってもらうつもりで書いたのかもしれないが、全然そうした気持ちにはなれなかった。むしろ、とても悲しい本だと思った。著者がすでに故人だから、というわけではないと思う…
(画像は公式サイトから転載) これは村上春樹作品の「完全な」映画化である。抑揚を欠いたトーンで、書き言葉を話す無表情な人間たち。繰り返される内省と、何度も行き着く袋小路。「僕」と、どこか「霊的な」女。そういった村上春樹的なものをそのまま映画…
ただ通り過ぎていく時間、取り返しのつかない甘い夏の夢、それをただ眺めていることしかできない無口な少年、ビールと煙草、冷たいワイン、古臭いアメリカン・ポップス、そして微かな予感――。村上春樹のすべてが詰まったデビュー作、『風の歌を聴け』を久し…
アメリカ系沖縄人を含む、「アメラジアン(AmerAsian)」を象徴的に語らないこと。というかそれ以前に、彼ら・彼女らの存在や、経験を、一緒くたにしないこと。と同時に、「アジア国籍を持つ母親」と「アメリカ国籍を持つ父親(多くの場合、軍関係者)」との…
このブログも地味ながらなんとか3周年まできたわけで、たまには息抜きというか、年末感のある軽い更新もいいかなと思い、Twitterとかでは定番の、「Best of 2023」的な企画をやってみようかと思います。何をどこまでまとめるかは全然決めてないけど、まずは…
女の子と犬の飄々とした表情がなんとも可愛らしい。驚くときは驚き、ホッとするときはホッとする。表情が素直なのだ。それでいて、オーバーな感じはまったくない。ちょっと悪いことをしている時のソワソワ感や、ちょっと怖いけどやめられないんだという好奇…
10月23日(月) 『にがにが日記』の見本が出来上がったらしく、Twitterに写真が出回っている。本としての佇まい、めっちゃいい感じじゃないですか・・・。買うかどうか迷っていたが、それを見て購入を決意。『断片的なものの社会学』に並ぶベスト佇まいかも。 11…
(画像は公式Twitterから借用) 女が一人、タクシーを降りてコザの街に降り立つ。少し前に、東京からやってきて、広大な米軍基地とオスプレイの轟音に迎えられたばかりだ。 ある目的地に向かって歩き出す彼女を、カメラはまず頭上から視界の端に収め、次のカ…
映画館を後にしながら、どうしてこの映画はこんなにも悲惨でなければならなかったんだろう、と思わずにはいられなかった。悲しかったし、無性に腹が立った。いや、それ以上にただ空しかった。いったいこれは誰のための映画なのだろう。まったく理解ができな…
平置きされていたわけでもないのに、何となくタイトルと目が合った。副題に入っている『ジェイン・エア』はおろか、『赤毛のアン』も、『若草物語』も、『あしながおじさん』さえも読んだことがないのに、先日読んだ『お姫様とジェンダー』の問題意識を継ぐ…
原著は2006年。世界経済フォーラムが発表する「ジェンダー・ギャップ指数」で5位となったスウェーデンで発表されている。 こういう児童書が出てくるから5位になれるのか。それとも5位になれるだけの社会環境があるからこういう児童書が出てくるのか。 いずれ…
これはディストピア小説である。が、舞台はどこかのSF的近未来でもなければ、完全監視型の独裁国家が牛耳る暗黒大陸でもなく、現代韓国だ。地獄を描くのに、特殊な寓話的設定などもはや不要ということなのだろう。女性たちが生きる現実そのものが、すでに…
読みながら、せめて2004年くらいの本であって欲しいと思っていたが、2018年の本だった(元の連載は2012年開始)。回想が多いとは言え、衝撃的である。社会は本当に、少しでもマシになっているのだろうか。まったく自信がなくなるような一冊である。 そう、こ…
痴漢、性暴力、女性差別。本書がこれらの題材を扱って明らかにするのは、ジェンダー・ギャップ指数116位(146か国中)のこの痴漢大国で、「ほとんどないこと」にされている女性たちが、ただ普通に生きるだけのことがいかに困難か、である。 そもそも、「ほと…
娘にどう育って欲しいかなんて別にないし、日々の生活で手一杯だと思う一方、読書の中で「文化資本」などという言葉が目に入ると、やはり環境は大事なのかしらなんていう邪な気持ちが芽生えてくる。 しかし親が子どもの接する文化を検閲するのはむしろ人生を…
これは本当にハードボイルド小説なのだろうか。通しで読むのはこれで3度目になるのだが、硬派な汗臭さよりもセンチメンタリズムが勝っていて、すっかり戸惑ってしまった。 もちろん、本作はハードボイルド小説の代表的作品である。私立探偵、フィリップ・マ…
ここ最近、沖縄戦、特にひめゆり学徒隊関係の本を何冊かまとめて読んだ。 その感想はブログにも毎回アップしてきたが、客観的に見れば、私の書いた文章はどれもベタで、情緒的に過ぎたかもしれない。個人の体験に没入するあまり、フォーカスすべき構造的な問…
初版は1972年。復帰の年だ。しかし、浮ついた空気はまったくない。むしろ、そのような時だからこそ、本土の人間にはとうてい理解しようのない「沖縄のこころ」を、沖縄戦という原点から徹底的に問うのだという気迫がみなぎっている。 同時に、本書を支配する…
買ったはいいものの、読むのが恐ろしくて、しばらく触れることができなかった。それが目取真俊という作家である。 本書には「沖縄戦の記憶」をめぐる短編が5つ、発表順に並んでいるのだが、もっとも古い表題作「魂魄の道」は2014年初出となっている。2014年…
皇室で読み継がれていることでも有名な一冊。著者は、米軍にガス弾を放り込まれ、ひめゆり学徒隊だけでも何十人もの犠牲者を出したことで知られる第三外科壕からの生還者である。その体験を書きものとして残すまでに40年もの歳月を要した。その途方もない時…
名著である。すでに広く読まれ、世に多く流通していることをいいことに古本で済ませてしまったが、失敗だった。『きけ わだつみのこえ』などと同じような規模で、これからも読み継がれていくべき一冊である。 もっとも、「まえがき」でひめゆり学徒隊の消費…
勝手に触れてはいけない歴史というものがある。語られるのを、じっと待たなければならない歴史というものがある。もしも語られたのなら、私たちはそれを黙って聞き、そのまま受け止めることしかできないだろう。 沖縄戦に関する語りもきっとそうだ。15歳そこ…
ほとんど奇跡のように存在し、なかば事故のように分厚いこの書物を先ほど読み終えた。読み終えた、という言い方が正しいかどうかさえ、正直よく分からない。ある意味では「聞き終えた」とも言えるし、「語り終えた」とさえ言えるかもしれない。 それどころか…
4人の識者がそれぞれの「フェミニズム本」を持ち寄り、フェミニズムが今日まで何と闘ってきたのかを語り合うNHKの特別番組「100分deフェミニズム」を見て、では自分の持ち場はどこだろうかと考えたところ、ひとまずそれは「家族」だろう、ということになっ…