Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

大江健三郎『沖縄ノート』書評|この「完全な葛藤」の先には何があるのか

確かにこれは、本土の人間が沖縄の人々に示す態度として、一つの「倫理的正解」ではあるのだろう。沖縄へのコミットメントを深めれば深めるほど、むしろ強烈に感じられるようになっていく沖縄からの「拒絶」の感覚。それを内面化し、絶えず自らを責め、問い…

【復帰50年】『ちむどんどん』はこのまま、復帰前後の沖縄を無色透明に描き続けるのだろうか

唐突な記録映像の挿入によって、それは描かれた。いや、あれは「描かれた」とすら表現し得ない暴挙かもしれない。「戦争によって失われた領土を、平和のうちに外交交渉で回復したことは、史上きわめて稀なこと」と自負してやまない政府高官らの万歳三唱。50…

目取真俊『眼の奥の森』書評|死者は沈黙の彼方に

この救いのない物語をいったいどのように受けとめたらいいのか、見当もつかないまま最後のページをめくり終える。ラース・フォン・トリアーの映画のよう、と言えば、伝わる人には伝わるかもしれない。苛烈で、執拗なまでの暴力描写がもたらす閉塞感と没入感…

阿波根昌鴻『米軍と農民』『命こそ宝』書評|沖縄からは「安保」がよく見える

岩波新書に残されたこの2冊は、ウィキペディアによれば阿波根昌鴻という伊江島の「平和運動家」による闘争記であり、また著者自らの言葉を借りるなら「農民の、小学校しかでていない、明治生まれのものの体験談」である。 基本的には、沖縄の戦後史に関心を…

沖縄タイムス『基地で働く 軍作業員の戦後』書評|戦後の沖縄を生きるということ

沖縄タイムス編。米軍占領下に基地で働いていた人たちの聞き書きを83人分集めている。「はじめに」にあるように、編集意図は明確。「沖縄戦後史の空白を埋めることができるのではないか」という考えのもと、それを基地の内側から見つめ直そうというのである…

中野好夫・新崎盛暉『沖縄戦後史』書評|戦後沖縄の揺らぎに耳をすます

同じ著者(新崎)の『沖縄現代史』(2005年)では、わずか33ページに圧縮されている米軍支配下の沖縄。その尺が、『日本にとって沖縄とは何か』(2016年)の段階になって69ページにまで戻った意味は、辺野古新基地に揺れる今だからこそ、改めて「復帰」の意…

大田昌秀『新版 醜い日本人』書評|日本にとって沖縄とは何か

本書の旧版が出たのは1969年。沖縄の施政権は米国にあり、軍隊に支配されたその島に日本国憲法の適用はなかった。途中、引用されている米軍側の表現を借りるなら、沖縄で暮らす人びとは「一人前の日本国民でもなければ米国市民でもない」状態に置かれていた…

村上春樹『女のいない男たち』書評|Some Girls、あるいは長いお別れ

「まえがき」があることにまず驚く。こんなに慎重な作家だったろうかと思うほど親切な自著解題から入る本書は、著者の言葉を額面どおりに受け取れば、「いろんな事情で女性に去られてしまった男たち、あるいは去られようとしている男たち」についての、コン…

永吉希久子『 移民と日本社会』書評|「移民問題」を乗り越えていくために

日本で暮らす「移民」について知り、考えようという時に、望月優大著『ふたつの日本』の次に読むといいとどこかで読んだが、まさにそのとおりだ。「今、何が起きているのか」を直視し、建前だらけの受入制度を批判するのが『ふたつの日本』だったとすれば、…

MOMENT JOON『日本移民日記』書評|In The Place To Be

「個」であること。著者が特別な感情を寄せるラッパー、故ECDとの共通点を探すなら、私はこの一言にたどり着く。孤高を貫くとか、そういうことではない。「何かに寄りかからない」ということである。 例えば、自らが「移民」であることを宣言するときも。件…

【読書案内】特集『沖縄を知るための本』――海を受け取ってしまったあとに

上間陽子さんの『海をあげる』が、2021年の「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を受賞した。受賞スピーチが素晴らしいと、ツイッターのタイムラインはちょっとしたお祭りのようだった。 だが、私はそのお祭りのような騒ぎに入っていけなか…

筒井淳也・前田泰樹『社会学入門』書評|社会を知ることについて、知るためには

この際だから白状してしまうが、ここ最近、社会学の入門書的なものを読んだり、『質的社会調査の方法』に続き、無謀にも有斐閣のストゥディア・シリーズに手を出したりしているのは、岸政彦先生(と、勝手に呼んでいる)の著作や仕事、その方法論的な問題意…

新垣譲『インタビュー 東京の沖縄人』書評|寄せては返す、東京の沖縄

シンプルなタイトルだが、読み取れる含意が二つある。一つは、沖縄人(ウチナーンチュ)というアイデンティティがあること。もう一つは、沖縄人は東京で暮らしていても沖縄人だということだ。 雑誌『ワンダー』連載時のタイトルは「聞き書き 東京の沖縄人」…

村上春樹『意味がなければスイングはない』書評|音楽と人生、あるいは村上春樹のベストワン

音楽を「深く聴く」とは、どんなことだろうか。あるいは、音楽の「意味」とはなんだろうか。そんな大きな問いに真正面から答える代わりに、私はこの本の存在を挙げたい。短編までくまなく読んでいる、というレベルの読者ではないが、それでも言わせてもらう…

『反逆の神話〔新版〕──「反体制」はカネになる』書評|カウンターカルチャー自省録

オルタナティブの追求を諦め、カウンターカルチャー的な思考を卒業し、大衆と和解せよ。そして本当の意味で、社会を変えよ。これが本書に込められたメッセージである。他には何もない。「カウンターカルチャーとは単なる現実逃避である」というのが、本書の…

筒井淳也『社会を知るためには』書評|「意図せざる結果」に満ちた、なんだかよくわからない社会で

社会学の勉強なんてしたことがないのに、それっぽい言葉をつい使いたくなってしまうのは、多くの理論が「自然言語」によって構成される社会学という学問が、「これなら自分でも語れそう」と勘違いさせてくれるからだろう。 しかし当たり前だが、社会学者が使…

宮台真司『終わりなき日常を生きろ』書評|「1995年」の診断書、としてではなく

およそ10年ぶりの再読。最初に読んだ時は、「終わりなき日常」や「さまよえる良心」といった言葉の強さに惑わされる一方で、社会があっという間に「診断」され、問題の解決策が「処方」されるまでの圧の強さ、他者に対する断定的なフレーミングへの拒否感が…

村上春樹『約束された場所で』書評|なんか体の中に大きな風穴が開いているというか、心がすうすうするんです。

日本の自殺者数は1998年になって急増し、その後15年ほど、年間3万人を超える水準が続いた。この推移について、厚生労働省は『自殺対策白書』で、「バブル崩壊による影響とする説が有力であるが、その後も変わらず高水準で自殺者数が推移してきたことについて…

村上春樹『アンダーグラウンド』書評|でもね親としちゃ触ってみて、冷たくなっていて、それでやっと「駄目だわ」って思えるんです。

存在だけは、もちろん知っていた。村上春樹が手がけた、地下鉄サリン事件関係のノンフィクション。なかなか読む気にならなかったのは、オウム真理教というものが、自分にとって、あえて村上春樹を通じて読んでみたいと思うような題材ではなかったからだ。 い…

大門正克『語る歴史、聞く歴史』書評|誰かの「正史」のための素材ではなく

傾聴、という行為がビジネススキルの一つになるような時代である。著者の言うとおり、今は「聞くことへの関心がひろがっている時代」なのかもしれない。 副題のとおり、オーラル・ヒストリーについて、150年の歴史をたどった一冊だ。もっと早く、「聞き書き…

語りは奪われているのか?|『文藝』2021年冬季号「特集:聞き書き、だからこそ」感想

内容は想像以上に雑多。聞き書きそのものから、対談、エッセイ、論考など、形式もバラバラなら書き手の立場も様々だ。しかし、あくまで特集のタイトルに固執するなら、この問いに真正面から答えているものは案外少ないように感じた。 聞き書き、だからこそ。…

岸政彦『断片的なものの社会学』書評|ただそこにあり、日ざらしになって忘れ去られているもの

掴みどころのない本だ。2015年に買って、以来、断片的に、なんとなく思い立った時に表紙や目次を眺めたり、中身を部分的に読み返したりしているのだが、じゃあ一体どういう本なのかと問われると、うまくハマるような言葉が見つからない。要約されることや、…

岸政彦・石岡丈昇・丸山里美『質的社会調査の方法』書評|一回限りの、すぐに消えてしまうものについての知

一回限りの、すぐに消えてしまうもの。それを、一回限りの、完全には再現できない方法で調査すること。二重の意味で、一回限りの社会調査。本書で概説されている「質的調査」の定義を自分なりに要約すると、こんな感じになる。 大規模アンケートと統計を駆使…

梁 英聖『レイシズムとは何か』書評|レイシズムは社会を破壊する

10年ほど前だろうか、渋谷駅前で初めてヘイトスピーチの現場に出くわした時、こんなことが公共の場で許されるのかと衝撃を受けた。まさに、ラッパー・ECDが「こんな世界があっていいわけがねー」とラップしたとおりだった。 しかし、私はそこで終わってし…

仲村清司・宮台真司『これが沖縄の生きる道』書評|残り半分の責任はどこに

「沖縄問題の半分は沖縄人の責任でもあって、それを沖縄人自身が自覚しないと、多くのことは解決できないだろうと思います」という宮台の発言に本書の意図は凝縮されている。読者の反応を試すようだが、しかしこれ自体、宮台の言う〈感情の釣り〉そのもので…

寺尾紗穂『北へ向かう』音楽評|出会ってしまうことと、別れてしまうこと

私は寺尾紗穂の理想的なリスナーではないなと、今さらながらに思う。もちろん、音楽以外の活動でも忙しくしている人で、何冊か本を出しているのは知っていたし、いくつかの楽曲が実際の「支援」に近い場所から作られていることも知っていた。つもりだった。…

唾奇『道 -TAO-』音楽評|ラッパーと地元(沖縄篇①)

夕陽を全身に浴びたようなメロウ・ギター。ダーティなのに内省的なリリック。淡々と進行するビートに身を任せ、タイトル・トラックの「道 -TAO-」を聴いていると、目の前の日々を、人生を、いろんなものに力を借りながらどうにかやり過ごしている若者たちが…

黄インイク監督『緑の牢獄』映画評|越境者よ安らかに眠れ

かなり身構えて劇場に向かった。沖縄の離島、台湾からの移民、そして炭坑。こういった題材が交わる場所で撮られた映画が、たとえある時代を生き延びた一人の老女の余生を追ったものであるにせよ、決して穏やかな内容で済むはずがないからだ。 むしろ、沖縄の…

Cocco『想い事。』書評|夢の終わり、故郷の続き

今年の慰霊の日、【6月23日、黙祷】と題されたCoccoのエッセイをツイッターで読んだ。1995年、バレリーナを夢見て沖縄を飛び出していった少女。文章はその回想から始まる。 地方を捨て、東京を目指すの多くの若者がきっとそうであるように、地元への眼差しは…

下地ローレンス吉孝『「ハーフ」ってなんだろう?』書評|悪気なく誰かを傷つけてしまう前に

「ハーフの子みたい」と、うちの娘がよく言われる。それも初対面の相手に、おそらくは悪気なく。誰も幸せにならないコメントだと、本書を読んだ今ならば断言することができる。この「悪気はない」というのが厄介だ。こうした日常の一場面こそ、「ハーフ」と…