Trash and No Star

本、時々映画、まれに音楽。沖縄、フェミニズム、アメリカ黒人史などを中心に。

黄インイク監督『緑の牢獄』映画評|越境者よ安らかに眠れ

かなり身構えて劇場に向かった。沖縄の離島、台湾からの移民、そして炭坑。こういった題材が交わる場所で撮られた映画が、たとえある時代を生き延びた一人の老女の余生を追ったものであるにせよ、決して穏やかな内容で済むはずがないからだ。 むしろ、沖縄の…

Cocco『想い事。』書評|夢の終わり、故郷の続き

今年の慰霊の日、【6月23日、黙祷】と題されたCoccoのエッセイをツイッターで読んだ。1995年、バレリーナを夢見て沖縄を飛び出していった少女。文章はその回想から始まる。 地方を捨て、東京を目指すの多くの若者がきっとそうであるように、地元への眼差しは…

下地ローレンス吉孝『「ハーフ」ってなんだろう?』書評|悪気なく誰かを傷つけてしまう前に

「ハーフの子みたい」と、うちの娘がよく言われる。それも初対面の相手に、おそらくは悪気なく。誰も幸せにならないコメントだと、本書を読んだ今ならば断言することができる。この「悪気はない」というのが厄介だ。こうした日常の一場面こそ、「ハーフ」と…

『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』書評|海を受け取ってしまったあとに(14)

ツイッターにアップされた米軍機の動画を見るたびに、機体の近さや轟音ぶりに驚かされる。中には、保育園や学校の敷地から撮られた動画もある。これが沖縄の現実かと、むき出しの現実に狼狽えると同時に、動画の中の子どもたちが、必ずしも特別な驚きを表現…

目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年 』『ヤンバルの深き森と海より』書評|海を受け取ってしまったあとに(12・13)

目取真俊の本を読んで無傷で済む人はほとんどいないだろう。本土で平和憲法の幻想とともに暮らす「踏まれている者の痛みに気づかない者」たちの足を、踏まれている側から切り裂く一方、同じくらい鋭い言葉で、沖縄内部の迷いや分断を内側からえぐってもいる…

目取真俊『虹の鳥』書評|海を受け取ってしまったあとに(11)

冒頭、ひとりの少女が車に乗り込み、運転手の男に行き先を告げる。素っ気ないその口ぶりからは、恋人や友人といった関係を思わせるような親密さは微塵も感じられず、かと言って、タクシーの乗客と運転手の間に形成される束の間の連帯感さえ、ない。 まだ17歳…

真藤順丈『宝島』書評|THERE'S A RIOT GOIN' ON

戦後の沖縄が強いられた抵抗の歴史を、ひとつの大きな精神史として語りなおすこと。戦後から施政権返還までの沖縄で経験された実際の歴史を、あえて偽物の歴史として語りなおすこと。本作で直木賞作家となった著者が、どのような思いでこの541ページに及ぶ大…

桐野夏生『メタボラ』書評|はなればなれに

二人の男が出会い、別れるまでの刹那。本書は、少なくともその意味において青春小説と呼ぶことができるだろう。一人は記憶喪失、もう一人は家出という、小説的としか言いようのない状態で闇夜を逃げ惑う二人が、沖縄北部、やんばると呼ばれる山奥で事故のよ…

上野千鶴子『女の子はどう生きるか』書評|せめて女の子の翼を折らないために

この国で、女の子として育ち、生きるということ。そして、この国で、女の子を育てるということ。それがこんなにも、ハードなことだとは思わなかった。ウンザリするようなニュースの山、山、山。その気付きは同時に、自分がこれまで出会ってきた女性たち全員…

レイモンド・カーヴァー『ささやかだけれど、役にたつこと』書評|いい事ばかりはありゃしない

最後にいい事があったのは、一体いつだろうか。思い出せない。明日、いい事が起こるなんてことも、別に期待していない。人生の大きな抽選からはすでにあぶれてしまったし、サクセスストーリーの最終電車からもとっくの昔に降りてしまった。この人生がどこに…

岸政彦『はじめての沖縄』書評|海を受け取ってしまったあとに(10)

沖縄を語ることについての、本である。あるいは、沖縄のことなど語れないと、思い知るための本でもある。そして、それでも沖縄を語りたくなってしまうことについての、本でもある。同時に、どう語ってもそれは沖縄を語ったことにはならないことを知るための…

熊本博之『交差する辺野古 問いなおされる自治』書評|海を受け取ってしまったあとに(9)

さまざまな視線が交差する場所、辺野古。文中にあるとおり、普天間基地移設問題以降、「辺野古の住民は望んでもいないのにさまざまな視線にさらされてきた」。そしてその視線は、複雑に絡み合い、ねじれたまま硬直し、簡単にはほどけなくなってしまったよう…

『沖縄現代史(岩波新書、中公新書)』読み比べ|海を受け取ってしまったあとに(7・8)

「沖縄現代史」という、教科書のように一般的なタイトルではあるものの、やはり、この2冊の一致には何かしらの意図を見るべきなのだろう。 既に新崎盛暉の岩波新書『沖縄現代史』(以下、『新崎本』)が新版として再発されるほどの古典として認知されている…

東浩紀『ゲンロン戦記』書評|哲学者とエクセル(もしくは、今すぐには変わらない世界のために)

どこで東浩紀とはぐれてしまったのだろう、と思い返しながら読んでいたら、答えが書いてあった。『福島第一原発観光地化計画』だ。 夢から醒めたように、私はその本を買わなかった。表紙の過剰なポップさに馴染めなかったのだ。この10年を振り返った本書の中…

岩波ブックレット『沖縄の基地の間違ったうわさ』『辺野古に基地はつくれない』書評|海を受け取ってしまったあとに(5・6)

辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票から、2年が経った。私は、『海をあげる』に「優しいひと」として登場する元山仁士郎氏が代表を務めたイベント「2.24音楽祭」を断片的に視聴しながら、当時、ハンスト報道の周辺に吹き上がっていた猛烈な賛否の声を前に…

高良勉『沖縄生活誌』書評|海を受け取ってしまったあとに(4)

沖縄愛にあふれ過ぎた「べき論」としての語りだったとしたら、重いなあ、と身構えていたのだが、心配ご無用。文体のマイルドさも相まって、読みやすい一冊だった。 戦後、1949年に、沖縄南部の百名・新原海岸のムラで生まれ育った著者は、自分が見て、触れて…

池宮城秀意『戦争と沖縄』書評|海を受け取ってしまったあとに(3)

私の通っていた高校には、沖縄への修学旅行がなかった。過去にはやっていたらしいが、ある時廃止にしたということだった。進学に向けて、沖縄で平和教育「なんか」している場合ではないと、教員たちは考えたのかもしれない。 たしかに、もし沖縄行きがあった…

照屋林賢・名嘉睦稔・村上有慶『沖縄のいまガイドブック』書評|海を受け取ってしまったあとに(2)

ふと、沖縄に対する自分の関心というのは、素直じゃないんだろうなあ、と思うことがある。お前、ついこの間まで、『るるぶ』的な世界にいたじゃないかと。 だからこそ、コアの部分を早く理解しなければと思う一方で、なんだか裏口入学しているような、妙な居…

新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』書評|海を受け取ってしまったあとに(1)

タイトルのとおり、ここには大きな問いかけがある。私は、正直に言って、本書を読み終えた今でもなお、この問いにハッキリと答えられる自信はない。知識というより、資格という点で。厳しい本だが、受け取れるものは多い。 著者はここで、戦後の70年、1945年…

【特集】シリーズ:『沖縄の本』――海を受け取ってしまったあとに

ある朝、朝刊の見出しに「辺野古 土砂投入2年」とあった。添えられた青い写真に思わず見入る。それは確かに、私の海だった。『海をあげる』と、上間陽子さんから渡された私の海だった。 記事を読んでいくと、「米軍普天間飛行場の危険性が継続するばかりか…

ジョージ・オーウェル『葉蘭を窓辺に飾れ』書評|詩人ごっこはこれでおしまい

これからジョージ・オーウェルを読もうとするときに、『一九八四年』でも『動物農場』でもなく本書から入る人はそれほど多くはないと思うが、私はそういう出会い方をした。ある雑誌の中で、ラッパー、ECDが紹介していたのを見つけたのである。 紹介、とい…

ECD『他人の始まり 因果の終わり』書評|命日に寄せて

人生は一回で、後戻りできない。その残酷さ。そして、その横を淡々と流れていく「時間」のさらなる残酷さ、そのようなものが感じられる。文章そのものが、止まることのない「時間」みたいだ。とにかく寂しい本だった。 ラッパー、ECD。 3年前の今日、亡…

『地元を生きる 沖縄的共同性の社会学』書評|排除され、分解された「ひとり」から何が見えるか

「癒しの沖縄」といったラベリングや、「助け合う沖縄」「抵抗する沖縄」といった理想化を回避し、沖縄が、そこに暮らす人々にとって「さまざまであること」を描くこと。内地と沖縄を隔てる境界線を境界線と認めつつ、内地の人間として、境界線の「向こう側…

植本一子『働けECD わたしの育児混沌記』書評|「たまにはひとりになりたい自分」を認めたあとに

今からこの本を読もうとするとき、私たちはすでに二つの結末を知っている。つまり、2011年3月11日に何が起きるのかを。そして、この本で妻に「石田さん」と呼ばれている男が、やがて娘たちの成長を見届けられなくなってしまうことを。 しかしそのことは、本…

望月優大『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』書評|移民大国の古くて新しい不都合

「お父さん、ブラジルどこ?」――富田克也監督、映画『サウダーヂ』の印象深い一場面だ。あるいは、「日本人は多文化共生に耐えられない」と書いて炎上した上野千鶴子のコメント「平等に貧しくなろう」でもよい。私が見逃してきた「きっかけ」たちである。 気…

打越正行『ヤンキーと地元』書評|「癒しの沖縄」から切り離された世界で

これもまた、青い海や青い空が眠った後の沖縄についての本だ。ちょうど、上間陽子の『裸足で逃げる』がそうだったように。改造されたバイクのテールランプだけが、男たちの行く先を照らしている。 著者にとって社会とは、人間である。社会は、人に「生きられ…

丸山里美『女性ホームレスとして生きる』書評|決断でも逃走でも抵抗でもなく

書き出しから、著者の悩みは深い。1週間の野宿を含むハードな調査を覚悟する一方で、「研究という目的がある限り、しょせんは彼女たちを自分の調査の道具にしようとしているにすぎない」という思いが、著者を迷わせていた。 その迷いを反映するように、本書…

東浩紀・宮台真司『父として考える』書評|むずむずの先こそが読みたかった

そろそろ卒業かなー、などと思いつつ、『思想地図』の「vol.4」の見納めをしていたら、「父として考える」という対談原稿が目に留まった。語り手は東浩紀と宮台真司。説明無用のビッグネーム二人が、 育児をネタにあれこれ語っている。 好評だったらしく、新…

森崎和江『まっくら』書評|生きてても生きてないのと一緒

焼き尽くされた詩の残骸のような、「はじめに」から圧倒される。「ママ、かえろう」という娘の手を握り、まだ小さい息子をおんぶしながら、女は炭坑の町を見つめている。ニッポンへの、近代への、男への、そして女である自分への憎悪を何とかこらえながら。…

『フォークナー短編集』書評|あたしは黒人にすぎないんだわ。そんなこと、あたしの罪じゃないけど

なすすべもなく、大きな力に押し流されていく南部の人々。もたらされる復讐。あるいは破滅。誰にもそれを止めることはできない。まるで最初からそうなることが決まっていたみたいに。南北の分断により傷んだアメリカ、人種主義、奴隷制、女性嫌悪、愛と憎し…